ご注意 これは田中琳さんのご退院を祝しての藍ヒツです。
多分、ギンヒツ前提ではない唯一の話です。以上を
踏まえてお読み下さい。
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――キン! ―――ガッ! カァーン!
荒野の中の川原で高い金属音が響く。
「やめろ! お前、どうして?」
刀を交え組み合っている二人のうち、小柄な方――いや、正確にいうなら少年でしかない者
が悲痛な叫び声を上げた。
「――許せ、日番谷! 俺は・・・俺は氷輪丸が欲しい!」
血を吐くような絶叫と共に、年上の、しかし青年と呼ぶにはまだ躊躇いが残る年頃の者が己
の刀を上段の構えから振り下ろす。
その者はすでに汗びっしょりになり、肩で息をしていたが、防戦に徹している白銀の髪をした
小さな少年は、攻撃を仕掛けてくる者の剣筋を完全に見切り、最小の動きでそれを受け止め
流していた。
「―――そこまでだ」
突然響いた男の声に二人はハッとし、お互いに間を取る為にバッと飛びのいて距離を取る。
何時も間にか、二人は黒ずくめの格好をした大勢の男達に取り囲まれていたのだった。
「なんだ? お前達は!?」
年上の少年の動揺した声に被さるように、白銀の髪をした少年――日番谷冬獅郎が険しい
表情のまま、何故刑軍が・・・と呟いた。
「四十六室は氷輪丸の所有者を日番谷冬獅郎と決定した」
中央に立っていた男がそう告げるや、刑軍特有の短い刀を構えていた周りの男達が一斉に
ザッと動いた。
「待てっ! やめろ〜〜〜っ!」
日番谷が止める暇もなく、いや、日番谷自身、二重、三重に拘束され、身動きがままならない
状態であったが、幾人もの男達に一斉に切りかかられた親友の断末魔の無念の声は無情に
日番谷の鼓膜に届いた。
「・・・なぜ、俺が死ななきゃならない?・・・・・なぜ? ・・・・・俺は・・・尸魂界の為・・・に・・・」
「草冠〜〜〜っ!」
日番谷の視界が真っ赤に染まった。
本来は有り得ないことだが、同じ斬魄刀を有した事が原因で、心ならずも戦う羽目になってし
まったとはいえ、今、目の前にゆっくりと倒れ伏したのは、自分のたった一人の『友達』だった。
ひときわ際立った才能と容姿の為に周囲から孤立し、大勢の学友達が自分を遠巻きにする中
で、たった一人だけ自分に話しかけてくれ、友達になりたいと云ってくれた掛け替えのない存
在だったのだ。
漸くのことで包囲網を破り、無残な姿となった少年に駆け寄るが、もう彼はすでに事切れてい
た。
日番谷の翡翠の双眸は極限まで見開かれ、その身体がワナワナと震えている。
「―――――許さない!」
やがてゆらりと立ち上がった日番谷が鋭く呟く。
「お前達全員! お前達に命じた奴ら! 誰一人許さない!!」
氷輪丸を握り締め、一歩踏み出した日番谷に、顔色を変えた刑軍の者達が途端に臨戦態勢
を取る。
ことにリーダー格である男はギリリ・・・ッと歯を噛み締めた。
日番谷が自分達に手向かうことは想定に入っていなかった訳ではない。ある程度の抵抗を予
想して腕に覚えのある者達を選りすぐって連れて来たのだ。
それでもいざ向かって来られれば、その闘気と高い霊圧に押され、背に冷たい汗が流れた。
後に尸魂界史上、最速、最年少で隊長位に上り詰めた日番谷の見えざる実力を本能で知る。
真っ直ぐに己に切り込んで来た日番谷に対して、男は自分の死を覚悟したが、その時声が聞
こえた。
「砕け、鏡花水月!」
決して大きくはないその声が日番谷の鼓膜に届いたとほぼ同時に、氷輪丸の刃は突然現れ
た長身の男の刀に受け止められていた。
「―――!」
純白の隊長羽織を纏った男の出現に、日番谷は慌てて間合いを取ろうとしたが、その男――
藍染惣右介はそれを許さず、受けた刀で日番谷の手から氷輪丸を跳ね飛ばし、唖然とする日
番谷の小さな身体を腕の中へ囲って一切の動きを封じてしまったのだった。
その全てが一瞬の出来事であり、日番谷を酷く狼狽させた。
「・・・・・離せ! きさま、俺を離せ!!」
我に返って夢中で暴れる日番谷に、藍染は静かに語りかけた。
「落ち着きなさい、日番谷君。落ち着いて周りを良く見てごらん」
「・・・えっ?」
押し付けるのではなく、諭すような声音に日番谷は抵抗を止め、藍染に云われた通り冷静に
辺りの様子を見渡して驚愕した。
自分達を取り囲んでいる刑軍の男達は、皆だらりと刀を下げ、虚ろな表情のまま人形のように
身動き一つしないのだ。
「こ、れは・・・・・一体・・・?」
「私の斬魄刀、鏡花水月の能力のほんの一部だよ。日番谷君、君が私の話に耳を傾けると約
束してくれるなら腕を解いてあげよう。もしそうでないならこのまま君に当身をくらわせ、そのま
ま刑軍に引き渡す。・・・さぁ、どうする?」
そう云われれば日番谷に選択の余地は無い。
「―――話を聞きます」
唸るようにそう云った日番谷に、藍染は満足気に頷き、日番谷の拘束を解くと説明を始めた。
そしてそれは驚くべき内容だったのだ。
「日番谷。君が今ここにいる刑軍の全てを切り倒すことが可能だったとしても、果たして中央四
十六室の連中の何人に復讐出来ると思うかい? 恐らく君は彼らの住まいである清浄塔居林
に辿り着くことさえ出来ずに捕らえられてしまうだろう」
「・・・・・っ・・・」
藍染のもっともな指摘に日番谷は悔しさを露にして唇を噛み締める。自分はたった一人の友
達の敵さえ討ってやることが出来ないのかと、己の無力さが口惜しい。
「日番谷、私もこの尸魂界は変わるべきだと考えている」
唐突な藍染の信じられない言葉に、日番谷は伏せていた面を上げまじまじと藍染を見詰めた。
深い思慮と魂の深遠さを映しているようなはしばみ色の瞳と、鮮烈な美しい碧の瞳が克ち合っ
た。
「日番谷、私はこの尸魂界を変える為に君を同士として迎えたい」
「・・・・・・・」
あまりにも突然な成り行きだったが、日番谷の決断は早かった。
「・・・あんたは草冠の無念を晴らしてくれるのか?」
「約束しよう」
「二度と、草冠のような思いをする者がない世の中を作ってくれるのか?」
「私の尸魂界での生はその為にあると断言するよ」
互いに見つめあったままのやりとりは長くは掛からなかった。
「―――分かった。俺はあんたに付いて行く。ここで切り死ぬよりはマシだろうからな」
幼い表情にシニカルな苦笑を浮かぶのを目にし、何故か酷く心を揺さぶられながら藍染は深く
頷いた。
それと同時に、
「どうやら間に合うたみたいやね。もうお話は済んだん?」
どこからともなく、見事な銀糸の髪をした痩身の死神が瞬歩で現れた。
「あぁ、ギン。残念ながらもう一人の子は助けてあげられなかったが、日番谷君の方は間一髪
で間に合ったよ。―――日番谷、彼は私の副官の市丸ギンだよ」
藍染の物とは形が違うが、まごうことなき隊長羽織を纏った男は張り付いたような笑みを浮か
べて自己紹介をした。
「初めまして日番谷はん。ボクは市丸ギン。これでも一応は三番隊の隊長なんやで、よろしゅ
うなぁ。ところで藍染隊長、何時までもこないな処におったらあかん。結界が張ってあるとはい
え、誰に見られるか分からん。長居は無用やで」
おっとりとした口調で一気にそれだけを喋った市丸に藍染はそうだねと同意する。
「また改めて連絡と取る。君は何事も瀞霊廷の指示通り従順なフリをしていなさい。いいね?」
日番谷がこくりと首を縦に振ったのと同時に隊長二人は瞬歩で去り、その途端に刑軍の者達
が正気を取り戻し、バッと日番谷を囲い込んだが日番谷は黙って氷輪丸を拾い上げ、そのまま
鞘へと仕舞ったことで同じ斬魄刀を有した者同士の騒動は幕を閉じることになったのだった。
それから暫らくの年月が流れた。
「藍染、本当にこの扉の向こうに霊王が居るんだな」
王鍵を創造することに成功し、万難を排して王宮へと侵入を果たした日番谷は後を振りかぶっ
て藍染に問い掛けた。
「そうだよ。さぁ、扉を開けなさい」
ゴクリと小さな喉を上下させ、日番谷は思い扉を開けた。
そしてそこに見たものは・・・・・。
「―――――し、信じられない。・・・これが、『霊王』だと云うのか?」
ソコに鎮座したモノを見て日番谷が驚嘆の声を上げる。
だがそれも無理からぬことであった。
ソコに居るモノ、いや、ソコに置かれてあったのは、現世の未来のSF映画の中に出てくるよう
な巨大なマシンだった。
「これは・・・」
「現世の人間がこれを見ればスーパーコンピューターだと云うだろうね」
自分とは対照的に落ち着き払った藍染に日番谷が詰め寄る。
「藍染。あんた分かっていたのか? 霊王の正体が機械だと!」
「仮説は百年以上も前に立てていたよ。だが実際に確信を得たのは氷輪丸が二振り出現した
あの時だ。本来人の魂魄の結晶でもある斬魄刀に同じ物が二つあるのはどう考えてもおかし
かったからね」
淡々と語る藍染に日番谷の双眸は揺れたままだ。
「なんらかのプログラミングのミスなのか、もしかすれば何万回に一度の誤作動だったのかも
しれない。つまり『霊王』は完璧な存在などではなく、命ある何者かに造られた物だと断定した
んだ」
「・・・・・誰なんだ? 『霊王』を造ったのは?」
「推定でしかないが、遙か昔、別の宇宙から時空を超えてやって来た何者かだろうね」
「別の宇宙・・・」
「宇宙というのは空間と時間のことだよ。それを操ることは神にも等しい。おそらく『霊王』を造
ったのは不死に近い種族なのだろう」
「・・・っ。そんな奴らが何の為に人間の魂魄に干渉して尸魂界なんてものを造ったんだ!?」
「・・・・・・・・」
日番谷の問いは疑問ではなく、怒りの為であるということを知る藍染はそこで口を噤んだ。
「こんなモノの為に! ―――こんなモノを守ろうとして草冠は!」
遣る瀬無さと怒りに涙を浮かべる日番谷にそっと藍染が近付く。
「・・・・・冬獅郎」
背後から緩く抱きしめられ、背に癒しの様な暖かな藍染の温もりを感じた日番谷はポロポロと
涙を零し、それは後から後から溢れて止まらなくなってしまった。
「冬獅郎」
もう一度優しく名を呼ばれた時が日番谷の限界だった。
振り向き様に自分に抱き付き、声を上げて泣き始めた華奢な身体を抱きしめ、藍染は日番谷
の白銀の髪を労わるように何度も何度も大きな掌で撫ぜた。
やがてしゃくり上げていた日番谷が少し落ち付きを取り戻したとみて、少し身を離して静かに語
り掛ける。
「『霊王』を破壊することは可能だが、どんな弊害が生まれるかもしれない。だから時間は掛か
るだろうが新たなプログラミングを組み直して稼動させるつもりだ。そして尸魂界に拠り良い秩
序を創ろうと思う。・・・極楽浄土は無理としても、差別の少なく、人々が安心して共存して生け
る世界をだ。冬獅郎も協力してくれるだろう?」
泣き腫らした眼で「当り前だ!」と怒ったように叫ぶ日番谷に藍染はふっと微笑んだ。
その端正な大人の表情と雰囲気に、日番谷の頬がみるみる赤く染まった。
藍染の広い胸の中に抱かれて、まるで子供のように泣いてしまったことが恥ずかしい。そして
それと同時に、長い間意識的に目を背けて否定してきた自分の想いに気付き、うろたえる。
(・・・・・どうしよう。・・・・・・俺、藍染のことが・・・!)
ドキドキと心臓が激しく波打つ。―――まるで早鐘のように。
こんな時だというのに一度自分の想いに気付いてしまえば、恋の焔が燃え上がった心はどう
にもならなかった。
(――藍染に俺の思いを告げよう。もし、受け入れられなければそれまでだ。俺は藍染の同士
なんだ、これからだって上手くやっていける。それだけの信頼関係はある! なによりこんな
苦しい想いを抱えたままこれから尸魂界の大改革に着手するなんて無理だ!)
そう踏ん切りを着けた日番谷は藍染に真摯な碧の瞳を向ける。
「藍染、俺・・・」お前が好きだ・・・と云い掛けた日番谷の言葉を遮りように藍染は「冬獅郎」と
呼び掛けた。
「冬獅郎、君に聞いて欲しいことがあるんだ」
「な、なんだ・・・」
出鼻を挫かれた日番谷が顔を赤らめながら続きを即す。
「こんな時、こんな場所でと君は思うかもしれないが、ここを出ればまた何時二人きりの時間
が持てるか判らない。何よりこれからの大事を前に是非私の思いを君に告げておきたい」
「・・・・・えっ?」
「冬獅郎、君が好きだよ」
「・・・・・・・・!」
自分が告白しようとしていたのとそっくりそのままの言葉を捧げられ、日番谷は絶句した。
あんぐりと口を開けたまま呆然としている相手を前に、藍染は返事を待っていたが、暫らくして
あまりのリアクションのなさに流石に心配になったのか、様子を覗う様に日番谷に近付き細い
肩に手を置いて高い背を屈める。
「・・・冬獅郎?」
「・・・・・・俺の・・・・・」
「えっ? なんて云ったんだい?」
ぼそりと呟やかれた声を拾おうと、いっそう身を屈めた藍染の耳元で日番谷は大音量で叫ん
だ。
「―――俺が云おうとしてたこと、先に云うんじゃねぇ〜〜〜っ!!」
ビンビンと鼓膜に響く声に、藍染は片目を閉じてそれをやり過ごし、そして余裕たっぷりに笑っ
た。
「うん。そうじゃないかと思っていたよ」
「こ、この野郎〜〜〜っ!」
恥かしさと、それを上回る嬉しさに、どうしようもなくプルプルと震えている日番谷の身体を床か
ら掬い上げるように抱きしめ、藍染は視線を合わせてもう一度恋しい相手に想いを告げる。
「愛しているよ。冬獅郎」
「・・・・・うん。俺も愛してる」
二人の唇が熱い吐息を共に重なった。
始めは共通の目的を持つ者同士。只それだけだった筈が、いつしか掛け替えのない半身とな
っていたのだ。
そしてこれからもその想いは着実に積み上げられていくことだろう。
「うわぁ〜〜〜っ。史上最凶のバカップル誕生やな!」
この部屋の扉の前で、見張りを予ねて中の様子を覗っていた市丸は、天を仰いで溜息を吐い
たのだった。
了
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