梅雨の合間の初夏の、爽やかな風が吹き抜ける縁側に座り、阿散井恋次と檜佐木修兵は瀞

霊廷ののどかな通りに面する茶店で、非番の午後のひと時をのんびりと過ごしていた。

「この頃やっと仕事にゆとりが出来て良かったスよね、先輩」

「おう。なんやかやであれから半年経ったんだよな」

目に眩しい程の新緑に映える景色を眺めながらしみじみという恋次に檜佐木が頷く。

藍染惣右介率いる破面の軍勢と、護廷十三隊が全面戦争に突入したのは去年の暮れのこと

だった。

その戦いは護廷隊の勝利という形で終結はしたものの、多数の死傷者を出し、また多くの死

神達の心にも深い傷跡を残した。

檜佐木もその戦いで、敬慕の情を寄せていた自隊の隊長、東仙 要を失ったのだ。

「先輩、最近ようやく笑ってくれるようになって俺、ホッとしてます」

茶を啜りながらそう云う恋次に檜佐木は軽く肩を竦めて見せた。

「悪かったな。心配掛けたか」

大柄で一見強面の為か、気が荒そうという印象を人に植え付けてしまいがちな恋次だが、実

は面倒見が良く情に厚く、その人柄を知った者達で幾重にも彼を取り巻く輪が出来ている。

「ええ。結局吉良は市丸隊長を失わずに済みましたけど、あんたは・・・」

そう云って目を伏せる恋次の背を檜佐木が軽く叩く。

「俺のことなら心配するな。伊達に流魂街の出で副隊長まで登ってないさ。・・・まぁそれはお

前も一緒なんだが、―――でも、ありがとな」

くすぐったそうに微笑む檜佐木に、恋次もほっとしたように笑みを見せる。

「確かに吉良の奴が市丸隊長を失ったりしたら立ち直るのにエラク時間が掛かったでしょう

ね。あ、噂をすれば・・・」

「ん?」

いきなり立ち上がった恋次が指差す方向を見た檜佐木の瞳に、遠目にだが並んでこちらに向

かって歩いてくる市丸と日番谷の姿が映った。

「市丸隊長、営倉から出られたんですね」

「ああ。それでも暫らくの間は隊長職に就けないらしいが、実力的には文句のない人だからそ

のうち返り咲けるだろう。三番隊の者達もあの人を慕っているしな」

「ええ。それに日番谷隊長が必死に補佐するんでしょうね」

「まぁな」

ゆるやかな傾斜の上に建っている茶店の店先から、何か談笑しながらこちらに向かって来る

二人を見ながら、檜佐木と恋次は複雑な想いでいた。

市丸は瀞霊廷を裏切った敵ではあるが、それと同時に檜佐木と恋次にとっては命の恩人であ

る。

そしてあの当時、必死の捜索も空しく十日間もの間行方知れずでありながら、何処からかそ

の市丸を連れて戻った日番谷にも多くの謎が残る。

しかし混乱を極めた時が過ぎ去った今、穏やかな表情でこちらへ向かってくる日番谷と市丸を

包む空気は泰然としながらも暖かく、何故か余人がその和を乱すことは憚られた。

「・・・日番谷隊長、以前と少し雰囲気が変ったと思いませんか?」

「あぁ。前から常人とは違う神秘的な処があったがそれがより研ぎ澄まされた感じがするな」

「あ、やっぱ、先輩もそう思います? 気品に磨きが掛かったっていうのかどことなく犯しがた

い感じがするっていうか、上手く云えねぇけど例えば王族とかってあんな感じなのかなぁなん

て」

「王族? 日番谷隊長が?」

「ヘンですか?」

「いや、確かに実は高貴な生まれなのだと云われてもそのまま疑いなく信じるだろうな」

「でしょ? さしずめあの人が女だったら『姫君』って呼ばれても不思議じゃないと思います」

「姫君ねぇ・・・」

大柄な赤毛の後輩が幼馴染の少女に仄かな恋情を抱いているのを檜佐木は知っている。

性格も良く死神としての実力も兼ね備えている小柄で華奢な黒髪の少女は、その口調や態度

がどこか生まれの尊さを感じさせるが、事実は赤ん坊の時から流魂街で育ったのだ。

そう云われれば日番谷とその少女は似ている部分も多い気がする。

(―――成る程、ああいうのがこいつの好みという訳だ)

檜佐木は外見に似合わない恋次の可憐な理想像にこっそりと頬を緩めた。

「そういえばこないだ現世で大掛かりな虚討伐があって俺も朽木隊長も久しぶりに現世に降り

たんスけど・・・」

檜佐木の内心のほくそ笑みに気付く事無く恋次が話題を振ってくる。

「へぇ・・・。隊長と副隊長が揃ってなんてかなりの規模の討伐だったな。―――で、何かあっ

たのか?」

「いえ討伐事態は順調に進んだんスけど、目標の大物を探しだすのにちょっと時間が掛かっ

て仕方なく数日間義骸の中に入って行動したんですよね」

「あぁ・・・それが?」

「義骸に入っていても当然腹は減るわけで、何時も朽木隊長の食事を用意していた者がたま

たま負傷したんで俺がそいつに代わって隊長の食事を調達したんですが・・・」

「・・・・・・・お前まさか、朽木隊長に自分の好物だからって、たいやきを持っていったんじゃな

いよな?」

「まさか! いくらなんでもそんなマネはしませんよ!」

「―――本当か?」

こいつならやりかねないという白い目を向ける檜佐木に恋次は慌てて否定する。

「当り前でしょ! いくらなんでもたいやきじゃ主食になりませんよ。俺が隊長に調達したのは

ハンバーガーです!」

「・・・・・・・・・・・」

胸を張って云う恋次に暫し檜佐木は絶句した。

勿論、驚きの為である。

瀞霊廷の四大貴族の当主でもある、アノ朽木白哉にこともあろうに食事としてファーストフード

・・・いやもっと正確にいうならジャンクフードを提供するなど普通の神経では考えつかないこと

だろう。

もしかしてこいつは自分が思っている以上に大物なのかもしれない。そうでないなら究極の馬

鹿だ・・・と檜佐木は軽い頭痛を憶える。

「・・・それで朽木隊長は召し上がったのか?」

恐る恐る聞いた檜佐木に対して恋次はポリポリと首の後ろを掻きながら応えた。

「それが最初はなかなか口に運んでくれないんでちょっとアセったんスよね。万人好みのハン

バーガーが嫌いなのかと思って」

いや、そうじゃないだろうと檜佐木は内心首を振る。

「で、お嫌いですか?って聞いたら食べ方が判らないと云われてビックリしました」

「朽木隊長、ハンバーガー喰ったことなかったんスねぇ」と、本気で驚いたらしい後輩に檜佐木

は溜息を一つ吐く。と同時にやはりこいつは大物なんじゃなくて只の馬鹿なのかもしれないと

頭痛を重くする。

「それでお前は朽木隊長になんて説明したんだ?」

「そのままかぶりついて下さいって云いましたよ。それ以外云い様がないでしょ?」

きっぱりと応える恋次に対して檜佐木は急に脱力感が身体を支配するのを感じる。

折角の非番なのになんでこんなに疲れなきゃならないのだろうと、目の前の後輩を恨めしく見

る。

「そ、それで朽木隊長は結局召し上がったのか?」

「ええ。それがね、あの人、懐紙を口元に当ててハンバーガーを喰ったんですよ」

「―――え?」

「つまり懐紙で口元を隠してハンバーガーを食べたんです。俺、それを見てなんか嬉しくなった

んですよね」

その時の光景を思い出したのか、ほのかに頬を上気させて満足気にそう云う恋次に檜佐木

はまたもや絶句した。

義骸に入ってさえ身嗜みとして懐紙を持ち歩く朽木白哉も凄いが、その用途ももの凄い。だが

それを見てときめくこいつはもっと凄いかもしれない。

「―――日番谷隊長に、朽木隊長に、朽木隊長の妹か・・・。そこまでいくとお前の『姫ごのみ』

も立派な域かもしれねぇなぁ」

「・・・はぁ? 姫ごのみ? 俺がっスか?」

「あぁ・・・お前は揃いも揃って通の域にいる連中ばかりに触手が動くんだからそう云われて仕

方ないだろうが」

もはや呆れ果てたというように茶を啜る檜佐木に、不思議そうに小首を傾げた恋次は「それな

ら・・・」と言葉を続けた。

「じゃあ、先輩も姫様ですか?」

「――――!」

ドカッ!

云われた言葉を脳波が理解した途端、檜佐木は思いっきり恋次を蹴り付けた。

「イッテ〜〜〜っ! 何すんですかっ!」

腰掛けていた緋毛氈の引かれた長椅子から転がり落ちた恋次は、腰をさすりながら恨めしそ

うに檜佐木を見たが、その視線の先にいる相手が顔を真っ赤にしているのを見ると忽ち相好

を崩した。

「あっ、もしかして先輩照れてます? 可愛いなぁ」

「そんなわけあるか! テメェ俺に近付くんじゃねぇ!」

にこにこと自分に近づいて来る恋次を檜佐木は毛を逆立てるように牽制したが、頬は依然とし

て熱いままだ。

その時、二人の頭上から涼やかな声が掛けられた。

「檜佐木・・・阿散井も一緒か・・・」

「・・・! 日番谷隊長、市丸隊長!」

何時の間にか気付かぬうちに、二人のすぐ側に日番谷と市丸が立っていた。

恋次を睨みつけていた檜佐木は慌てて立ち上がり、恋次も急いで着物に付いた土を払う。

非番の身とはいえ、護廷隊の権威の象徴たる隊長に対して礼を欠くことがあってはならない。

急いで身嗜みを整えて頭を下げる二人に、日番谷の横に居た市丸がクスリと哂う。

「ボクはもう隊長やあらへんよ」

確かに今の市丸は死覇装の上に隊主羽織を纏っていない。

「いえ、でも・・・」

いずれ近いうちに三番隊の隊主席は再び市丸の物となるであろうことは護廷隊の誰もが知っ

ていた。

言葉を濁す檜佐木に日番谷が「非番なのか?」と声を掛け、さり気なく場を繕う。

「あ、はい。・・・宜しければご一緒されませんか?」

恋次が今まで自分達が腰掛けていた緋毛氈の長椅子を指し示す。

流石に朽木白哉の副官を務めているだけに恋次もこういう場では如才がない。

その行動で少し後輩を見直した檜佐木も「どうぞ・・・」と椅子を勧めた。

正直に云えば日番谷はともかく、市丸とどう向き合ったものかと思わないでもない檜佐木だっ

たが、今はもう罪人ではない相手に対してこちらから背を向けるような真似はしたくなかった。

相次いで誘いを受けた日番谷は、市丸に「どうする?」と視線で問い掛けた。

「そうやねぇ。折角やからほんの少しだけお邪魔させてもらおうか」

ごく自然な、それでいて優美な動作で長椅子に腰掛けた市丸に日番谷が習う。

それを見て不思議とほっとした檜佐木が茶店の主に声を掛けるより先に、恋次が元気な声で

「茶と団子二人分!」と叫んでいた。



日番谷と市丸は当たり障りのない話題を振る檜佐木と恋次ににこやかに相槌を打ち、団子を

一皿分平らげ茶を飲み干すと勘定を支払い、礼を述べてゆっくりとした足取りで去って行っ

た。

それを見送り、恋次が檜佐木に問い掛ける。

「あの二人、何処行くんですかね?」

「多分、隊長達に個別で挨拶周りしてるんだろうな。市丸さんが護廷隊に復帰するとなったら

格隊の隊長達の協力が必要になるだろうからなぁ」

「はぁ・・・成る程。―――皆、市丸さんを受け入れてくれるといいスけど・・・」

遠のく市丸の後姿に少し心配そうに恋次が呟くと、檜佐木が面白そうにクスクスと笑った。

「なんだお前、今度は市丸さんか。・・・ったく仕様がない奴だな」

「何がです? 別に俺、ヘンな意味で云ったんじゃないっスよ!」

やや憮然とした恋次に檜佐木は「解かってる」と頷いた。

恋次の度量が大きいのは昔からよく知っている。

強くて優しい阿散井恋次という魂を自分がどんなに好ましく思っているかを、檜佐木はよく自覚

していた。

「お前は好い漢だよ。阿散井」

なんの気負いをなく発せられた檜佐木の言葉に、恋次の頬がみるみる赤らむ。

それを小気味良く思いながら、涼しい風が吹き抜ける碧の木々を眺めて檜佐木は内心で呟い

た。

(―――ただちょっとばかり気が多いのは珠に傷だけどな・・・)




                                                了

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姫ごのみ