にゃんこの日

「ただいま」

「お帰り、冬獅郎!」

その日、一日の業務が滞りなく終わり、自宅に帰って来た日番谷を市丸は溢れんばかりの笑

顔で出迎えた。

「疲れたやろう。先にご飯にする? それともお風呂に入る?」

今日、非番だった市丸にそう聞かれ、日番谷も笑顔を返す。

「食事も風呂の準備もしてくれたのか?」

「当然や。愛する冬獅郎の為やもん!」

そう云って、ギュっと抱きしめてくる市丸の腕に応えるように日番谷もその小さな手を相手の背

に廻し、幸福を実感する。

市丸と日番谷が暮らすこの家は週に二度、通いのお手伝いさんがやって来るほかは二人だけ

のお城だった。

砂糖菓子の様に甘い、甘い、城だった。

「そうだな。腹が減ったから先に飯が食いたいな」

子供の容姿そのままに無邪気にそう告げる日番谷に市丸も頷く。

「今日はおでんにしたんよ。腕によりを掛けて作ったんや」

にこにこと上機嫌な市丸に手を引かれ、日番谷も嬉しそうに台所に隣接した炬燵が置いてあ

る部屋へと歩を進めたのだった。





「はぁ・・・。旨かった! ご馳走様」

おそらく丸一日掛かって作られたに違いないおでんや、今が瞬の脂の乗った赤身の魚を料理

したおかずなどでご飯を二度もお代わりし、、腹をぱんぱんに膨らませた日番谷は満足そうに

箸を置いた。

「ようさん食べてくれはって嬉しいわ。暫らくしたらお風呂に入りや」

食後の茶を淹れてくれた市丸に「うん」を返事を返し、日番谷は充実した一日を振り返って安

息の吐息を漏らした。

(・・・・・あぁ。俺、幸せだな・・・)

しみじみと実感し、コタツの温もりと仕事の後の心地良い疲労感と、満腹感からくる眠気とに瞼

を閉じそうになり、慌てて首を振る。

(ヤバっ! 気を抜いたら寝ちまいそうだ)

咄嗟にそう思った日番谷は台所で食器を洗っている市丸の背に声を掛けた。

「市丸、俺、風呂入ってくるな」

「それがええね。ちゃんと温まるんやで」

優しい応えに素直に頷き、日番谷は風呂場へと向かった。

その遠ざかる軽い足音を聞きながら、市丸は意味深な笑みを深めた。



日番谷のすぐ後に市丸も湯を使い、暫らく炬燵で談笑した二人は寝室へとやって来た。

「・・・なぁ、冬獅郎。今日がなんの日か知ってる?」

布団に腰を降ろして聞いてくる市丸に、その隣に横臥した日番谷は少しだけ頬を染めた。

「・・・・あ、あぁ・・・まぁな。・・・・・・・知ってるけど・・・」

らしくもなく躊躇いがちに呟く日番谷に、市丸は満面の笑みを浮かべた。

「なら云うてみて。今日は何の日やろう?」

「・・・っ」

にこにこと問い掛ける市丸に日番谷の頬がさらに赤みをます。

「今日は・・・」

「うん。今日は?」

「―――――今日は『おでんの日』だろう! ちゃんと知ってるぞ!」

得意そうに小さな胸を反らした日番谷に対して、市丸は「・・・・・はぁ?」と気が抜けた返事を返

した。

「おでんの日って・・・なんやのソレ?」

「えっ? 違うのか? おでんを食べる時に熱さを冷ます為にふーふーふーって息を吹き掛け

るから、語呂合わせで2月22日がおでんの日になったんだろう? だからお前は今日、おで

んを作ってくれたんじゃないのか?」

「そんなんはたまたまの偶然や!」

声を荒げて激しく否定する市丸に、日番谷は少し慌てた。

特別にこれといって好き嫌いのない日番谷にとって、おでんは得に好きな訳でもない食べ物

だったが、愛する市丸が自分の為にと心を込めて作ってくれたのだと思えば、格別に美味しく

感じられたというのに・・・。

「・・・・じゃあ・・・今日は何の日なんだ?」

もしかして自分達の大切な記念日だっただろうかと心配気に問い掛けた日番谷に、市丸は殊

更マジメに言い募った。

「冬獅郎。よう聞き、今日はな『にゃんこの日』なんや」

日頃は滅多に全開しない市丸の瞳を見つめながら、今度は日番谷が「――はぁ?」と間の抜

けた返答をした。

「・・・・・・・にゃんこの日?・・・・・ひょっとして『猫の日』か?」

「そうや。2月22日、にゃん、にゃん、にゃんの日や!」

ずいっと身体を進めてくる市丸とは逆に、日番谷は反射的に逃げ腰になる。

何やらとてつもなく嫌な予感がした。

そしてそういう予感というものは大概が的中してしまうものだった。

「・・・その猫の日がどうかしたのか?」

用心深く聞く日番谷に、市丸は張り付いたような笑みを浮かべたままで詰め寄る。

「せやからな、冬獅郎。今晩はにゃんこプレイを満喫しような」

「・・・・・・・えっ?」

『にゃんこプレイ』とはなんぞや? と、疑問で頭が一杯の日番谷の目の前で、市丸は素早く寝

具の下から何やら袋に入った物を取り出したのだった。

「これは?」

「開けてごらん」

素直に差し出された袋から中身を取り出した日番谷は、途端に眉間に皺を寄せて唸った。

日番谷が今手にしているのは、猫の耳を模した飾りが付いたカチューシャだった。

「冬獅郎の髪の色に似せて白の猫耳にしたんや。はよう嵌めてみて!」

うきうきとした市丸の様子に日番谷の眉間の皺がさらに深まる。

「・・・・あのなぁ、市丸。なんでこの俺がこんなモノを頭につけなきゃならねぇんだ?」

「だって今夜のキミはボクの可愛い可愛い仔ねこちゃんなんやもん。さ、はよう着けてみせて

や」

「嫌だ。こんなヘンな物を頭に付けるのは恥ずかしい・・・」

「そない云わんと。ここにはボクしかいてへんのやし、ええやん。この猫耳、冬獅郎にきっと凄く

似合って可愛いで!」

プイッと横を向いた日番谷を宥めるようにそう云った市丸は、待ちきれないとばかりに日番谷

の手から猫耳のカチューシャを奪い、あっという間もなくそれを白銀の髪に差し込んでしまう。

「あっ!コラッ!」

慌てて猫耳を外そうとした日番谷だったが、「ああっ! なんて可愛いんやろう!」という感激

しきりの市丸の声とうっとりした表情に、頭上まで上げた手がピクリと止まる。

「冬獅郎、キミはなんて可愛いんや」

そしてそのままギュと抱き締められると、まぁいいか・・・と思ってしまう。

「・・・・・お前はもう・・・仕方のない奴だな」

おかしな物を頭に付けただけでこんなに舞い上がっている市丸に呆れないでもないが、日番

谷も愛する相手が喜んでいれば嬉しくない訳がない。

市丸の手でゆっくりと夜着を脱がされ、布き布団の上に全裸の身を横たえられると、改めて自

分の頭に付いている猫の耳が恥ずかしくはあったが、今宵一晩、その恥ずかしさを我慢しよう

と健気に思った。

―――が、市丸ギンという男は今宵の楽しみを猫耳だけで終わらせる男ではなかったのだ。

「冬獅郎。今晩はキミにもう一つ着けて欲しいモンがあるんや」

日番谷が横たわっている寝具の横からもう一つ別の袋を取り出した市丸はニマニマと笑いな

がら、その中身を取り出した。

その中身の物を目にした日番谷ががばりと身を起こす。

「お、お前!」

「やっぱりにゃんこは耳とシッポがお揃いでないとアカンよね」

「・・・・・ば、馬鹿野郎!」

市丸が手にしているのは精巧に造られた白い猫の長いシッポだった。

ただし、それのみでなく、シッポの付け根部分にはパイブ機能の付いたディルドになっていた

のだ。

「現世のアダルトグッズって日々進化しとるんやねぇ。こんなモノまで作ってくれるなんて感激

やわ」

「なに感心してやがるんだ! この変態!」

「変態なんて酷いわぁ。シュチィエーションを愉しむ為の小道具やん」

「ふざけんな。俺は絶対にイヤだからな」

「そう云わんと、ちょこっと先っぽの方を挿れて試すだけでも、なぁ? このディルド、ちゃあんと

アナル用の小さめのを選んだんよ」

日番谷を懐柔しようと甘い声を出す市丸だが、一旦行為を始めたが最後『ちょっと先っぽだけ』

で済む筈がないことは判りきっている。

「サイズ云々じゃねぇ。そんなモノを挿れること事態がイヤだ!」

うきうきルンルンとした市丸とは格段の温度差で日番谷が冷たい眼差しを送る。

日番谷的に云うなれば、今ここで市丸に高度の鬼道を使って朝まで強制的に市丸を眠らせた

としても誰も自分を責めないだろうという自信がある。なにしろ立派な正当防衛なのだから。

だが・・・。

「ええやん。愛の行為を広く、深くする為の些細なプレイやん。ボクは冬獅郎といろんなことを

試してみたいんや。その代わりキミがもう嫌だと云ったことは二度とせえへんて約束する!」

あまりにもきっぱりとした市丸の態度と言葉に日番谷は咄嗟に二の句が告げなかった。

「・・・・・俺がイヤだと云えば二度としない? ・・・本当か?」

「本当やよ。このボクがキミに嘘をつくと思うん?」

今まで口八丁手八丁で日番谷を篭絡しようとした市丸だったが、確かに日番谷は『騙された』

と感じたことは一度も無かった。

「判った。お前がソレほど云うなら試してだけはやる」

「おおきに!」

ぱっと破顔した市丸に、でも・・・と日番谷が続ける。

「うん? どないしたん冬獅郎?」

「お前、コレを俺の尻に挿れたら自分はどうするんだ? まさか俺を見ながら自慰するのか?」

顔を赤らめながらもマジメに聞いてくる日番谷に市丸は噴出しそうになるのを必死で堪えた。

ここで笑ったりしたら日番谷が完全にヘソを曲げてしまうことも分かり切ったことだったからだ。

「違うよ。冬獅郎。ボクはな、この可愛いお口でご奉仕してもらうんや」

市丸の長い指の先でつんと唇の先をつつかれた日番谷はボッと音がしそうな勢いで頬を紅潮

させたのだった。 





「・・・・・ん・・・っ」

翌朝、浅いまどろみの中から目覚めた日番谷は習慣的に隣で眠っている市丸の存在を確認

する。

市丸は長い睫毛を閉ざしたまま、健やかな寝息をたてている。

日番谷は市丸を起こさないように気を遣いながら、そっと市丸に向き直った。

―――綺麗な貌をしていると思う。

人からは得体が知れないと恐れられていることを知っているし、実際日番谷自身、被害をこう

むることもないではない。―――昨夜の行為もその一環だ。

猫耳を付けられ、尻に猫の長いシッポの付いたディルドを咥え込まされ、その刺激に喘ぎつつ

市丸のモノに奉仕をした日番谷は結局最後には市丸自身を受け入れさせられた。

そうなるだろうと予測はしていたが、やはり幼い身体にはキツイ行為だった。

それでも『嫌』ではなかった。

そう決して『嫌』ではないのだ。

「・・・・・結局のところ一番ヘンなのは俺自身なのかな」

ポツリと呟いて、う〜〜〜んと唸る。

そしてふと気付く。自分がまだ猫耳を外していないということに。

「・・・・・・・」

日番谷にしては珍しく悪戯を思いついたような表情を浮かべ、それを外すと、細心の注意を払

って眠っている市丸の銀の髪にそれをそっと差し込んだ。

「・・・なんだ、お前も結構似合うじゃねぇか」

碧の瞳が歓びに大きく輝き、そして幸せそうに細められる。

「お前、可愛いな」

聞いている者がいれば耳を疑う言葉を発した日番谷は、ゆっくりと市丸の胸に頬を埋めたのだ

った。



                                                     了

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