小春日和
シャリシャリ・・・・・ポトっ・・・。シャリシャリシャリ・・・ポト・・・・・。
軽快なリズムで包丁を動かしていた市丸が、ふと手を止め、窓の外の晴れ渡った青空を細く
狭めた眼で仰ぎ見ながら呟いた。
「ええ天気やなぁ。――なぁ? 日番谷はん」
「ああ、そうだな」
話を振られた日番谷は、恐らく今年最後の小春日和になるであろう天候にも興味がないとい
った風情で、もくもくと小さな手で包丁を動かしていた。
「折角二人揃ってお休みの日に、しかもこんな天気のええ日やのにお出かけもせずにホンマ
に堪忍な。この埋め合わせは絶対にするよって許したってや。・・・ったく、イズルはええ子な
んやけど融通が利かへんのや」
柳眉を寄せる市丸に対して、「俺は別に行きたい場所があった訳じゃねぇから気にすんな」と
云い、日番谷は一心不乱に包丁を動かしている。
根がマジメな日番谷は一つのコトに没頭すると、本当にそれに集中してしまう性格なのだ。
二人は今、今月に入ってから早々に市丸が用意したコタツに差し向かいに座り、コタツの上に
山と詰まれた渋柿の皮むきに精を出している真っ最中だった。
市丸の大好物が干し柿だというのは、護廷隊の死神なら誰でも知っている事実であり、毎年
秋になると三番隊の隊員達は柿の収穫、及び皮むきの作業に駆り出されるハメになる。
勿論、公務中にやる訳ではなく、就業後や休日に行われるのだが、いくら任意だからとはいえ
全く協力しないという者は皆無であり、それゆえ偶然に多忙を極めることになった市丸の分は
『隊長のノルマですので』という吉良の言葉の元、ダンボール十箱分の柿が市丸の私邸に届
けられていたのだった。
おかげで二人は朝からその大量の柿の皮をむき、紐で縛って竿に吊るすという作業を繰り返
していた。
「・・・なぁ、日番谷はん。今日がなんの日か知っとる?」
窓の外から視線を戻した市丸の問い掛けに日番谷はあっさりと返事を返す。
「ああ。知ってるぞ」
「えっ! ホンマに!?」
驚いて身を乗り出してきた相手に一瞬だけ胡乱な瞳を向け、日番谷が事も無げに云う。
「二十四節気の『小雪』だろ。そう云えば今年は寒さが厳しい冬になりそうだ。お前、寒がりな
んだから風邪を引かないように気をつけろよ」
「・・・・・・・・。違うって。ボクが云いたいんはそれやない。ってか、二十四節気なんぞどうでも
ええわ」
自分を気遣ってくれるのは嬉しいが、日番谷の検討違いに市丸はガックリとなる。
「違うのか? だったらなんだ? 勤労感謝の日は明日だしな」
まぁお前も俺も仕事だけどな・・・。と、あくまでも興味なさそうな日番谷は手にした柿から目を
外そうともしない。
その様子にジレたように、より一層市丸が身を乗り出してきた。
「あんな、日番谷はん。今日は『いい夫婦の日』なんや」
「・・・いい夫婦? ・・・・・あぁ。成る程、よくある語呂合わせだな」
納得がいったというように一つ頷いた日番谷はその話はそこで終わりだと思った。だが、一方
の市丸にとってはここからが本番だったのだ。
「現世では今日の日に合わせて入籍するカップルも多いらしいで」
「へ〜〜〜っ。まぁ、天気にも恵まれて良いんじゃないか」
「そう思うやろ? ボクも今日みたいな善い日に夫婦になれたらええなぁと思うんよ」
「ふ〜〜〜ん」
(・・・・・・あ・・・・・流された)
(―――もの凄く簡単に流されてもうた・・・)
今のがプロポーズだと、気付かない程日番谷の精神が子供ではないのを市丸は知っている。
日番谷を一目見て恋に落ち。押して、押して、押して、そして時には引いて。
アノ手、コノ手の手練手管と、それにも勝る情熱で日番谷と恋人と呼べる関係に成れたのは
今年の春先のことだった。
当然身体の関係も結び、昨夜もこの家に泊まった日番谷に身も心も満足させてもらった市丸
なのだ。
この上は是が非でも婚姻関係を結び、公明盛大に日番谷が自分のものだということを世間に
知らしめたいと市丸は予ねてからずっと願っていた。
幸いにも大多数が男性で構成されている護廷隊では同性婚が認められている。
日番谷の外見が幼いこともあり、なかなか言い出せずにいた市丸だったが、近頃より一層美
しくそして色気の増してきた日番谷に、偲びよるような男達の気配を感じ、内心気が気ではな
いのだ。
それなのに、当の相手は市丸のそんな焦りにも我関せずの態度を崩さない。
(・・・・・ボクはキミのことをこんなに思うとるのに、キミはそうやないの?)
市丸は目の前が暗くなるような思いでよろよろと体制を直し、俯いたまま皮むきを再開したの
だった。
「・・・よし、終わったな」
「うん。おおきに日番谷はん」
やがて最後の一個の皮むきを終え、包丁を置いた日番谷に市丸は力無く笑い掛けた。
先程日番谷にかわされたプロポーズの件がまだ尾を引いていて、立ち直りきっていないのだ。
そんな市丸を気にした風もなく、日番谷が提案する。
「これを竿に吊るして後片付けしたら出掛けようぜ」
「・・・えっ? 出掛けるって何処に?」
昼ご飯は済ませたし、甘味処にでも行きたいのだろうかと何気なく聞き返す。
「決まってるだろ。役所にだ。婚姻届、出しに行くんじゃないのか?」
―――――!!!!!
恐らく、市丸の長い死神としての生の中で、間違いなくダントツでぶっち切りの驚愕だった。
そしてこれ以上のサプライズはこの後絶対に有り得ないと言い切っても良い僥倖だった。
「ひ、ひ、ひ・・・」
「なんだ? 何が可笑しいんだ?」
「ひ、日番谷はん、ボクと結婚してくれはるの?」
「ああ。お前、さっき俺にプロポーズしたじゃねぇか。違うのかよ」
「違いませんっ!!」
プロポーズだと判っていて、返事すらまともに返していないクセに妙にエラそうな日番谷に対し
ても市丸からはそれを攻める言葉は発せられなかった。それどころか、感激に打ちのめされた
ように小さく震えてさえいた。
「日番谷はんがボクと結婚! 日番谷はんがボクのお嫁さん!」
一種アブナイ人種のようにブツブツと呟き始めた市丸に、すっくと立ち上がった日番谷が宣言
する。
「云っとくが、俺は家事なんてやる暇もやる気もないからな」
「うん。うん。ええよ!」
同じ護廷隊の隊長として、日番谷がどんなに忙しい身なのかを熟知している市丸は即座にこく
こくと頷いた。家の事は人を雇えばなんとでもなるのだ。なんの問題もない。
「それにお前の籍に入るのは構わねぇが、仕事の便宜上、夫婦別姓だからな」
「うん。それもええよ。同じ苗字の隊長が二人いたらややこしい事になるかも分からんしな」
市丸の脳は今やお花畑と化していて、日番谷が自分と結婚さえしてくれるのならナニがどうな
ろうが最早どうでも良いらしい。
そんなトロトロに蕩けている相手を見下ろし、日番谷は小さく嘆息してからこう締めくくった。
「ま、月に一度位ならお前に俺の手料理を食わせてやれるかもしれないな。それと、俺のこと
は今度から下の名前で呼べよ。―――夫婦なんだからな」
了
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