キミとボク

 

 

「市丸さん、今度またウチに新隊長が来るっていうのは本当ですか?」

 いかつい大男の野太い問い掛けに、市丸ギンは目を通していた書面から顔を上げ

ニンと口角を上げた。

 ここは護廷十三隊十番隊舎の執務室だった。

「え〜〜〜っ、マジかよ?」

「チッ! 総隊長もしつこいな!」

 男の質問に対して、部屋にいた二十名程の席官の地位を持つ死神達が口々に不満

を述べ始める。

 それを聞いて、更におもしろそうに哂ったギンは座っていた上座の席から立ち上

がり、軽い足取りで中央へと歩みよった。

「耳が早いなぁ。誰に聞いたん?」

「霊術院で同期だったヤツが一番隊の結構上の方にいるんすよね。昨日の夜、たま

たま街で偶然に会って呑みに誘ったら・・・」

「ふうん。一番隊でそないに口が軽うて上位の席官が務まるんかいな」

 ギンの呆れたような口ぶりは、その情報が真実だと告げていた。

「じゃあ、本当に?」

「うん。ボクも昨日の昼に総隊長はんに呼び出されて知ったんや。皆には今日の夕

礼にでも教えるつもりやったんやけどな」

「何時就任すんです? その新隊長とやらは」

 別の男の質問に、ギンが細い指を三本立てて「三日後や」と告げる。

「そんなに急に?」

「どうせまた使い物にならない貴族のボンボンだろ?」

「きっとすぐに逃げ出すぜ」

 それぞれが歯に衣を着せずに喋るのに任せながら、ギンは内心やれやれと思う。

 現在この十番隊には隊長が不在だった。

 その間、隊を纏めているのは副隊長の市丸ギンである。

 まだ十二、三歳程の少年の外見のギンだったが、その能力は素晴しく、十番隊の

隊員にしてみれば、敢て隊主がいなくとも何の不自由も感じなかった。

「俺らには市丸さんがいるんだから隊長なんていらねぇのによ」

 決して追従ではない隊員の言葉に皆が頷き、ギンに視線を戻す。

「まぁそう云わんとき。この際お飾りでも仕方ないやん。また隊長職を辞退する云

われたら、ボクが総隊長はんにイヤミを云われるわ」

 嘆息するギンに、誰かが「だから市丸さんが隊長になってくれればいいんすよ!

」と声を掛け、部屋にいた全員が一斉に同意する。

「ボクは隊長いうガラやない。とにかくここに新隊長がくるのは確実なんやから安

生よろしゅうな。―――イジメたらアカンよ」

 云うだけ無駄と知りつつ、頼りにならないクギを打ち、ギンはその話を終えたの

だった。

 

 

 

 

 

 それから三日後。

 新しく就任する自隊の隊長を出迎える為、一番隊を目指して歩いていたギンの背

に、遠慮がちな声が掛けられた。

「・・・あの、済まない。・・・ちょっと良いだろうか?」

「ん?」

 呼ばれた声に振り返ったギンは、何時もは薄く閉じている瞳を瞬時に開眼してい

た。

(―――か、可愛え〜〜〜〜〜っ!)

 思わず心の中で大絶叫を上げる。

 そこにいたのは自分より少し年下と思える少年だった。

 翡翠の様な大きな双眸に、ふわりと輪郭に纏い付く白銀の髪、恐ろしいほど美麗

な容貌をしている。

 死覇装を纏い、背に斬魄刀を背負っているからには死神なのであろうが、顔に見

覚えはない。しかし、それにも関わらず、ギンは少年に対して不思議な既視感を覚

えた。

(――――ボク、この子知ってる? 何処かで会うたやろか?)

 いや、それはない!こんな綺麗な子、一度見たら忘れへん。と、否定を下したギ

ンの耳に心地良い声が流れ込んできた。

「突然で申し訳ないが道を尋ねたい。・・・護廷隊の一番隊舎へはこの道で良いの

だろうか?」

 我知らず少年に見惚れていたギンは、その少し不安そうな声にハッとなった。

「あ、うん。おうとるよ。・・・一番隊に用があるん?」

 ギンの問い掛けに少年はコクンと頷く。

 その仕草がこれまた可愛くて、ギンはぼうっとなり掛けるのを懸命に堪えた。

「ボクもちょうど一番隊に行くんや。良かったら一緒せえへん?」

 ギンの提案に少年が嬉しそうに再度頷く。

「本当か? 良かった。約束の時間に遅れるかもしれないって心配だったんだ」

 心からホッとしたらしい少年を目にしたギンの中に、突然嵐の様な強い保護欲が

沸き上がる。

「大丈夫や。ボクに着いてき!」

 ごく自然に伸ばしたギンの手を少年は素直に握った。

 そのまま少し早足で歩を進めるギンに少年が合わせ、二人は仲良く手をつないだ

まま一路、一番隊舎を目指して歩き出したのだった。

 

 

 

歩きながら、少年に気取られないようにギンはチラチラと横を覗き見る。

瀞霊廷の守護と虚の駆除、そして現世での魂魄の魂葬が主な業務である死神は現

在一万人程いるが、子供のなりをしている者はごく少数だ。何よりこんな美しい子

がいたら自分が知らない筈はない。

 鷹揚な口利きからすると貴族の子弟なのだろうと思う。

 終生を死神として任務に就く訳ではなく、箔付けの為に護廷隊に一時席を置く貴

族の子弟はままいる。今までの十番隊の隊長は皆その例だったが、いざ実戦に出れ

ば足手纏い意外の何者でもなく、副隊長のギンにすれば迷惑この上ない存在だった。

 瀞霊廷の貴族として生まれた者は総じて高い霊圧を持っている。だが只霊圧が高

いというだけで、斬術も鬼道もロクに使えないのだから話にならず、返って高い霊

圧は極上のエサとして虚に認識されてしまい、その隊長を護りながらの戦闘に、ギ

ンは何時も苦慮させられたものだった。

 だから、十番隊の隊員達の手前はこれから迎える新隊長を擁護する発言をしたギ

ンだったが、言葉とは裏腹に、着任する隊長に率先して圧力を掛け、最終的に辞任

へと追い込むのは何時もギンの役割であった。又、そうしなければ身が持たないの

も事実だった。

 隊員達もそのことをよく弁えており、新隊長が着任するや今度はどれくらいの期

間持つかという賭けが始まるのが常だったのだ。

 しかしありえないことだが、もし、この子が自分の隊長であったなら、そんな苦

労も喜びに変わるだろうと、ふとそう思う。勿論、ありえないことだが・・・。

 おそらく行儀見習い程度の役割を振られて、一番隊の預かりとなるのであろう幼

い少年に対し、ギンは自分の考えに自嘲したのだった。

 

 

 

「着いたで、ここが一番隊の隊舎や」

 一番隊の正門前で繋いでいた手を名残惜しげに離したギンに、少年は丁寧に礼を

述べた。

「ありがとう。おかげで時間に間に合った。礼を云う。・・・俺は日番谷冬獅郎と

いう。もし良ければ名を教えてくれないか?」

「ボクは市丸ギン。日番谷はん、また会おうな」

「あぁ。それじゃ・・・」

 最後にもう一度ペコリとお辞儀をして門の中に入って行く少年―――日番谷の小

さな背中を見送り、その背中が完全に視界から消えると、ギンは今まで日番谷と繋

いでいた自分の手を見詰めた。

 険しい山野を歩いていた訳でもなく、人ごみではぐれる心配もない護廷隊の敷地

内の道を、二人はずっと手を繋いで歩いて来た。

 そのことをギンはなんら不自然に思わなかった。

(日番谷冬獅郎かぁ・・・あの子に似合いの凛々しい名やなぁ)

 十番隊の副隊長を勤めている自分の顔も名も知らなかったらしい日番谷は、間違

いなく死神としての業務には就いていない。

 だが、会う機会はこれからもある筈だ。いや、なければ作るのみだ。

 幸いにも一隊の副隊長であり、隊長代行という権限さえ持っているギンはその職

権を最大限に活用する気でいた。

(まずはお友達やな。そしてゆくゆくは恋人や!)

 今少し前まで日番谷と繋いでいた手を握り締め、心に堅く宣言する!

 ギンは日番谷に一目惚れをした自分をしっかりと自覚していた。

 それも人生最大の強烈な一目惚れを!

 

 

 

(遅いなぁ。総隊長はん、何してはるんや)

 一番隊の席官に隊主室に案内され、茶を饗され、こちらで暫らくお待ち下さいと

云われてから大分経つ。

 普通の副官クラスであれば総隊長の隊主室で茶など出されようものなら、緊張の

あまり喉を通らないところだろうが、生憎とギンにそんな緊張感は無縁のものだっ

た。

 茶を綺麗に飲み干し、暇を持て余したギンは一番隊の副隊長の趣味であるらしい

西洋の革張りの椅子に遠慮なく腰を沈め、手足を伸ばしてリラックスムードに突入

している。いやそれどころか、昼食を取ってから出向いてきたギンは、あろうこと

か眠気まで覚える始末だった。

(あかん。総隊長はん、はよう来てくれへんとボク寝てまう)

 ギンが大きな欠伸をしたその時、「市丸君、待たせましたね」と声が掛かり、総

隊長である浦原喜助が入室して来た。

 流石に椅子から立ち上がって出迎えたギンに、にっこりと温和に笑った浦原は、

自分の背後を振り返って声を掛けた。

「入って下さい。君の副官に引き合わせますよ」

 その声に「はい」と応えがあり、小さな身体に真新しい隊主羽織を纏った先程の

少年がギンの前に姿を見せた。

(え?――――ええっ!)

「紹介します。この度十番隊の隊主に着任した日番谷冬獅郎君です」

(・・・ウ、ウソやろ〜〜〜〜〜っ!)

 本日二度目の開眼を見せたギンは、またもや心中で大絶叫を上げたのだった。

 

 

 

 

 

「いや〜〜〜ホンマにビックリしましたわ。まさか日番谷はんが十番隊の新隊長や

なんて」

 日番谷を十番隊に誘いながらギンが感慨深げにそう云えば、日番谷もはにかんだ

笑みを見せた。

「俺も驚いた。まさかお前が十番隊の副隊長だったなんてな」

 早春の午後の光が温かな日差しを投げ掛ける中を、二人は談笑しながら並んで十

番隊舎を目指していた。

「でも良かった」

「え?」

「隊長就任が決まったとき、喜びも大きかったけどそれと同じくらい不安もあった

んだ。でも市丸が俺の副官だと分かって凄く嬉しかった」

 そう語る日番谷の澄んだ眼差しにギンは胸がキュンとなる。

「大丈夫や。日番谷はん!・・・いや、日番谷隊長! キミにはこのボクが着いと

る!」

 常になく熱く宣言して日番谷の両手を握り締めたギンは、先程感じた保護欲を更

に堅固なものにする。

(この子はボクが護る! 誰にも傷つけさせたりせえへん!)

 そんなギンに、日番谷は一瞬きょとんとしたものの、すぐに愛らしい笑みを浮べ

た。

「ありがとう、市丸。そう云って貰えて本当に嬉しい。・・・俺は霊術院を卒業し

た訳じゃないから死神の業務に関しては殆ど何も知らないんだ。だからいろいろ聞

いてくると思うし、お前の負担になる部分も大きいと思うが宜しく頼む」

 自分に全幅の信頼を預けて、大きな碧の瞳で見詰めてくる日番谷が堪らなく愛し

い。

 死神の養成機関である霊術院に通っていないということは、何やら訳ありらしい

が、ギンにとってはそんな事情などどうでも良かった。今のギンは、ひたすらこの

目の前の愛しい相手に出会えた幸運を噛み締めていたからだ。

(あぁ〜〜〜幸せや! なんちゅう幸せなんやろ。これからこの子とずっと一緒に

おられるなんて夢のようや!)

 相好を崩すギンに、だが日番谷はしごく真剣に言い募った。

「でもな市丸、俺は書類関係の仕事はまだ分からないが、戦闘に関してなら結構使

えると思うんだ」

「・・・えっ?」

今まで十番隊の隊長に就任した貴族の輩は揃いも揃って無能な上、偉そうにふん

ぞり返っているばかりで虚退治などは殆ど部下に任せ切りだったが、どうやら日番

谷は真面目に任務を遂行する気でいるらしい。

だがギンにすれば、命の危険が伴う虚との戦いを日番谷にさせる気など毛頭無か

った。

危険な仕事は今まで通り自分が指揮を取り、日番谷は安全な場所にいて自分の帰

りを待っていてくれればいいのだ。そして自分を笑顔で出迎えてくれさえすれば・

・・。

ギンの中ではすでに日番谷は自分の大事な大事な『お嫁さん』だった。

そしてギンがそう思うのも無理はなかった。何故なら長年に渡り十番隊という『

大家族』の家長を勤め上げてきたのは紛れもなくギンであり、日番谷はそんなイジ

マシイ努力を続けてきたギンに、天が与えた『ご褒美』意外の何者でもなかったか

らだ。

その日番谷を働かせるなどとんでもない! ―――日番谷は床の間に飾って、い

や、十番隊の隊主席に寛いで座って、美味しいお菓子でも食べていればそれで良い

存在なのだ。

(ボクの可愛い日番谷はん、いや、冬獅郎。・・・キミに危ないマネなんてさせへ

んよ)

 その意味合いを込めてギンは日番谷に諭すように云った。

「日番谷隊長、お言葉はホンマに嬉しいけど、いきなり慣れない戦闘に無理して参

加することはありませんよ」

 だがそんなギンに対して日番谷はきっぱりと告げた。

「心配しなくても大丈夫だ。俺は霊術院を出ていないが斬拳走鬼は一通りこなせる

し、もう『始解』も出来るんだ」

「――――!」

 自信たっぷりに云われた言葉にギンが絶句する。

「・・・『始解』を? ホンマに?」

 今の護廷隊の中で『始解』が出来るのは一部の隊長格に限定されていた。

 ギンの驚きに日番谷は気を悪くした素振りも見せずに、自身が背負っている斬魄

刀の柄にそっと細い手指を掛けた。

「うん。―――俺の『氷輪丸』は天候を支配下に置いて、大気中の水を操る力があ

るんだ」

「・・・・・それは凄いわ」

 日番谷の背負っている刀がごく一般的な浅打と違うことは一目で分かっていたが

、実力もない貴族が体裁を整える為に、平隊士と違う趣向をされた刀を持つことは

よくあることであった為、ギンも日番谷が親に用意された刀を護廷隊に持ち込んだ

ものだとばかり思っていた。

「市丸、お前は始解することはまだ出来ないんだろ?」

 日番谷が視線を落としたギンの袴には通常の浅打が差し込まれている。

 例え一度でも解号を唱え、始解した斬魄刀は力ある存在として、普通の浅打とは

明らかな違いが見受けられる。それが鍔にしろ鞘にしろ、柄にしろ、何がしかの痕

跡が残るからだった。

「・・・あ、うん・・・・・まぁ・・・その・・・」

 ごにょごにょと言葉を濁すギンに、それに、と日番谷が続ける。

「市丸、お前、左足が悪いんだろ? 怪我の治療中なのか?」

「えっ!」

 思っても見なかった指摘を受け、ギンはギョとした。

 驚愕して思わず立ち止まったギンの左足を指差し、日番谷が続ける。

「お前、ほんの僅かだが左足の進みが右足より遅い。・・・左足の都合が悪いのだ

ろう? 虚との戦闘で傷を負ったのか?」

 気遣わしげに尋ねてくる日番谷に、ギンは暫し無言でいたが、ややあって苦笑を

浮べて云った。

「・・・・・違うよ。隊長はん。この足は生まれつきのものなんや」

「そ、そうか・・・。それでお前、任務に支障が出たりはしないのか?」

 心配そうに問うてくる日番谷にギンはにっこりと笑ってみせた。

「そんなの大丈夫に決まってるやろ。ボクは副隊長として日番谷はんがくるまでず

っと十番隊の指揮を執っとったんよ。第一この足のこと気付いたのは日番谷はんが

始めてやで」

「そうか、それなら良いんだ。どうか気を悪くしたりしないでくれ」

 自分を傷つけたのではないかと案じているらしい日番谷に、ギンはゆっくりと首

を横に振って応えた。

「そんなん気にせんといて。・・・さぁ、ボクらの十番隊にはよう行こう。皆、首

を長くしてキミのこと待ってるで」

「あぁ」

 ギンの言葉に笑顔を取り戻した日番谷は再び意気揚々と歩き出す。

 その日番谷の横に並んで歩きながら、ギンは何気なさを装いながらも心の奥では

戦慄していた。

(―――この子、綺麗なだけのお人形さんやあらへん! 今まで誰一人として気付

かんかったボクの左足に気付くやなんて、恐ろしい子や。それにホンマに始解が出

来るとしたら大したもんや。今の護廷隊の隊長の半分は始解が出来へんのやからな

ぁ・・・)

 そんなギンの思惑を知ってか知らずか、日番谷が少し恥ずかしそうに打ち明けて

きた。

「本当は俺、護廷隊の入隊をかなり迷ってたんだ。斬術も鬼道もそれなりに使える

自負があったし、何時かは死神になろうとは思ってたけど、浦原総隊長は俺を隊長

として迎えるって云うし、護廷隊は一隊が八百人近くいるって聞いて、ちゃんとそ

いつらを纏めていけるのかと不安だったんだ」

「浦原はんが太鼓判を押したんなら自信を持ってええよ。少し風変わりなお人やけ

ど、人を見る目は確かやから」

 何しろ流魂街の浮浪児だった自分を拾い上げて、十番隊の副隊長に据えた位なん

やから・・・と内心苦笑したギンに、日番谷が碧の瞳を煌かす。

「あぁ。それに市丸も知っていると思うが、あの方は瀞霊廷で唯一『卍解』が出来

る方なんだ」

「―――卍解かぁ・・・」

 今の世にあっては幻と云える技だった。

「まぁ確かに千年も前やったら護廷隊の隊長は皆出来ていたことやからなぁ」

 ぽつりと云ったギンに日番谷がこくりと頷く。

 

 今から千年の昔、現世とこの尸魂界、そして虚圏の三つの世界が戦場となった激

しい戦いがあった。

 尸魂界はなんとかその『敵』には勝利したものの、現世と尸魂界の多くの人命が

奪われ、魂魄のバランスが著しく崩れたのだという。

 そしてどうしたことか、そのバランサーである死神の資質が極端に低下し、それ

を補う為に少しでも霊圧を持っている者を門戸を広くして求め、結果として数だけ

は千年前の三倍以上に膨れ上がったものの、『始解』が出来るのは一万人の中の僅

か十名足らずであり、更にその上の『卍解』たるや、極めた者は護廷隊の総隊長で

ある浦原喜助只一人なのだった。

 

「実はな市丸、これは浦原総隊長に聞いた話なんだが、千年前の護廷隊には俺と同

じ名の人がいて、その人は護廷隊史上の最速、最年少で隊長になったらしい。勿論

、卍解することも出来たそうだ」

「へぇ〜〜〜。それは凄いわ。日番谷はんのご先祖様なん?」

「それは分からない。でももしそうだとしたら、俺だって頑張れば卍解に辿り着け

るかもしれないだろう?―――俺の夢なんだ。卍解は!」

 頬を染めて未来を語る日番谷は本当に可憐で、可愛らしい。そうかと思えば一転

して「こんな話して笑わないか?」と、不安げに自分を見上げる大きな瞳に、甘酸

っぱい物がギンの胸に込み上げてくる。

「笑ったりなんせえへんよ。日番谷はんならきっと出来る! ボクは全力で応援す

るわ」

「ありがとう。市丸。俺もお前が早く始解出来るようになる為に手を貸すからな!」

「・・・はっはっはっ・・・おおきに」

 ヒクリと頬を引き攣らせたギンに気付かず、日番谷は瞳に希望の灯を宿して颯爽

と道を歩いていく。

 そんな日番谷に半歩ほど遅れながら、ギンは内心で溜息をついたのだった。

 

 

 

 

 

「―――す、凄いな!」

 十番隊の隊舎前にずらりと整列した隊士達に、日番谷は感嘆の息を漏らした。

 一糸乱れぬ隊列を保持していた自隊の隊員達と、日番谷の反応を見て、ギンは会

心の笑みを浮べていた。

(良かったわ。・・・慌てて地獄蝶を飛ばしたかいがあったわ)

 一番隊に出向く前は『ほな、仕方がないから新隊長を迎えに行ってくるわ。お前

らも新隊長が来たら挨拶くらいはせえよ』と云いおいて出掛けたギンだったが、日

番谷がそれと分かるや、一番隊を出てすぐに自隊に向けて地獄蝶を放ち、隊員達を

散々に脅したのだった。

『ええかお前ら、隊旗を掲げて、きちっとした姿勢を崩さずに綺麗に整列して隊舎

前で待っとれや! もし新隊長はんをがっかりさせたら許さへんで!』

 子供の見かけに反したギンの飛び抜けた高い戦闘能力とその頭脳、何より苛烈で

剣呑な性格を知る隊員達は急な用事までも打っちゃて、時折冷たい風が吹く中をず

っと直立不動でギン達の帰りを待っていたのだった。

そうとは知らない日番谷は、素直に自分が歓迎されているのだと思い込み、胸を

熱くして、ギンに請われるまま、隊員達に就任の挨拶を述べたのだった。

 

 

 

 

 

日番谷が十番隊の隊長に就任してはや三ヶ月がたった。

日番谷自身は慣れない隊長業務をこなそうと一生懸命だったが、ギンはと云えば

、その横で始終幸せそうににこにことしていた。

それもその筈、ギンは愛しい相手と四六時中ずっと付きっ切りでいられるのだか

ら当然だった。

他隊の隊長達とは違い、瀞霊廷に自分の屋敷を持たない日番谷は、十番隊の隊主

室で寝起きをしているのだが、ギンはちゃっかりとその隣室に移り住み、朝一番に

日番谷を起こしに行き、三食を共にし、夜寝るまでその側を離れようとしなかった。

日番谷の方でもそんなギンに全幅の信頼を預け、頼っていた。

そして十番隊の隊士達はそんなラブラブな二人に当てられっぱなしだった。

 

日番谷を始めて見たあの日は十番隊の全員が度肝を抜かれた。

ギンの伝令に脅されて、どんな強面の奴が来るのかと戦々恐々で身構えていたら

、相手はギンよりも更に幼い少年だった。

しかし只の子供という訳ではなく、恐ろしく整った顔立ちをしている上、自分達

に向けて覇気溢れる挨拶を投げ掛けてきて、大層驚かされたものだった。

そしてその子供に自分達の『頭』であるギンが、既に骨抜きにされているという

ことを、その場にいた全員が瞬く間に理解したのだった。

 

「なぁ、総隊長から市丸さんに呼び出しが来たんだが、何処行ったか知らねぇか?」

「日番谷隊長と一緒に昼メシに出掛けたぜ。もう暫らくしたら戻って来ると思うが

な」

 執務室に入ってきた席官の声に同僚が応える。

「そうか。まぁ、急ぎじゃないみたいだが相手は総隊長だし、・・・呼び出しがあ

ったことを地獄蝶で知らせるべきかなぁ・・・」

 腰に手を当てて悩む男に皆から苦笑が向けられる。

「止めとけ。止めとけ。デートの邪魔すると後がコワイぞ」

「そう。そう。触らぬ神に祟りなしだ」

「・・・・・やっぱり、そうだよなぁ」

 ひとしきり悩んだ男は、大人しくギンの帰りを待つことにした。

 十番隊に所属している以上、最大の禁忌はギンの機嫌を損ねるということだとい

うのは誰もが知っていることだった。

「しっかし、市丸さん、日番谷隊長にメロメロだな。」

「おう! まぁあれだけの上玉だ。誰だって放っとけないだろう」

「あ、お前もそう思うか?」

 執務室で書類仕事をしていた全員が手を休め、不在の隊長と副隊長のことで話が

盛り上がる。

「市丸さん、もう手を出したと思うか?」

「いや、まだだろ。・・・ってか日番谷隊長は本物のお子様みたいだぜ。男の欲と

かは分からんだろう」

「でも市丸さんの方は子供の皮を被った大人だぜ。何時までも手を握ったり、一緒

に風呂に入るだけじゃ我慢出来ないだろ?」

「嫌われるのが怖くて手が出せないんじゃないか?」

「あの市丸さんが?」

「それだけ本気で惚れてるってことさ」

 皆言いたい放題だったが、それはあながち的を外してはいなかった。

 

 

 

「冬獅郎、これ食べてみ、美味しいよ」

 ギンが箸で摘んで自分の口元に運んできた出し巻玉子を、日番谷は素直に口を開

いて迎え、咀嚼を終えてからにっこりと微笑んだ。

「本当だ。美味い」

「やろ。このお店はボクのお奨めなんや。ほらこっちの揚げ出し豆腐も美味しいで」

 ギンが小鉢の中に入っている揚げ出し豆腐を箸で綺麗に一口に分けて、又それを

日番谷の口元まで運び、日番谷はそれを食べ終えてから気遣わしげに云った。

「ギン。俺にばかり食べさせていたらお前が食べられないだろう。あとは自分で食

べるからお前も食事を取ってくれ」

「冬獅郎はホンマに優しいええ子やね。でもボクはキミが美味しそうに食べてるの

を見るだけでお腹が満たされるんや」

 新婚さん気分を満喫しているギンに対して、少し温度差のある日番谷が眉を顰め

た。

「・・・そんな訳ないだろう。俺達の仕事は体力勝負なんだから、いざって時に力

が出なかったらどうするんだ。ちゃんと食事はしなきゃダメだ」

「はい。はい。隊長はん。お言葉に従います」 

自分の言葉を冗談と分かっていても、そこは隊長らしく真面目に諌めてくる日番

谷にギンはにこにこと頷いた。

 二人が食事を取っているのは瀞霊廷の中でも格式の高い料亭の奥座敷だった。

 本来ならば子供二人で上がり込める筈もない料亭だったが、護廷隊の隊長、副隊

長という権威をちらつかせれば、下にも置かぬもてなしで、最高級の料理が饗され

た。

「でもギン。昼真っからこんな贅沢をして本当に良いのか?」

「当然やん。冬獅郎は十番隊の隊長なんやで。本来なら自分で足を運ばずにこの店

から『お運び』を取ってもええくらいや。・・・他の隊の隊長はん達は皆、そうし

てはるよ」

「そうなのか」

 ギンの云ったことは多大に誇張を含んでいたが、ギンが自分を騙すとは露程にも

思っていない日番谷は素直にそれを信じた。

「ほら、この羹(あつもの)も美味しいよ。冷めないうちにお上がり」

「あぁ」

 まるで兄の様な優しさで勧めてくるギンに、日番谷は嬉しそうに箸を伸ばして食

事を再開する。

 

日番谷が隊長に就任してから半月後、日番谷がすっかり自分に懐いたと確信した

ギンは二人きりの時はお互いを下の名前で呼ばないかと提案したのだった。

『護廷隊は大人の集団やろ。ボクな、ずっと前から同じ年頃の友達が欲しかったん

や』

 憂いを含んだ表情で演技すれば、それにコロリと騙されてくれたらしい日番谷が

大きく頷いた。

『分かった。俺とお前は仕事中は隊長と副隊長だが、それ以外では親友だ!』

『おおきに、―――冬獅郎!』

 

そんな遣り取りがあってからというもの、それからずっと二人は互いを下の名で

呼びあう仲になっていた。

 和やかな雰囲気で食事が進むなか、唐突に日番谷がギンに質問をしてきた。

「なぁギン、護廷隊の隊長や上位の席官は例え流魂街の出身者でも家族と一緒に瀞

霊廷に住むことが出来るんだったよな?」

「そうやよ。冬獅郎は流魂街に家族がおるん?」

「うん。血は繋がってないけど、俺を育ててくれたばあちゃんがいるんだ。護廷隊

の隊長としてちゃんとやっていける自信が付いたら、この瀞霊廷に自分の家を構え

てばあちゃんを呼び寄せたいと思ってる」

「そうなんや。冬獅郎はもう立派な隊長はんや。家なんて今すぐ建ててもええくら

いや」

 そう云われた日番谷の表情が綻ぶ。

「ありがとう。ギン。・・・お前に家族はいるのか?」

「ボクは天涯孤独やよ。でも、冬獅郎がいてくれればそれで充分や」

 独活の天ぷらを口に入れてにっこりと笑うギンを見て、日番谷が膝を進める。

「・・・じゃあ、もし迷惑じゃないなら・・・」

「ん?」

「もし、俺が自分の家を持てて、ばあちゃんと暮らせるようになったら、その時は

ギンも一緒に俺と住んでくれるか?」

(―――ええっ!)

 思ってもいなかった日番谷の言葉に、ギンは箸で摘んでいた湯葉刺しを取り落と

して、目の前の相手を無言で凝視した。

(こ、この子、今、なんて云うた?)

 自分の耳が信じられないような嬉しい言葉に、開眼したまま口も効けずにいるギ

ンをいぶかしみ、日番谷が心配そうに問う。

「・・・・・ダメなのか?」

「ダメやない! そんなこと絶対にない! 一緒に、是非一緒に住まわしてや!」

 手にしていた箸を投げ出す勢いで膳に戻し、日番谷を抱きしめて破願するギンに

、日番谷も嬉しそうに頷く。

「本当か? 良かった。これで少し安心した」

「・・・安心?」

 喜びが治まらないなかにも不思議そうに聞いてくるギンに、日番谷は少し恥ずか

しそうに打ち明けた。

「だって、ギンは強いし、綺麗だし、頭が良いし、優しいからきっと皆が一緒に暮

らしたいって狙ってると思うんだ。・・・でも、俺は誰にもギンを取られたくない

。子供っぽい独占欲だとは分かってるけど、でも、ギンにはいつも俺の側に居て欲

しいんだ」

 日番谷の告白に更にギンが舞い上がったのは云うまでもない。

「ボクは冬獅郎から離れたりなんせえへん。ボクらはずっと、ずっと一緒やよ!」

(可愛え〜〜〜〜っ! なんちゅう可愛えことを云うんや、冬獅郎)

 いまやギンの頭の中は砂糖と蜂蜜とチョコレートと混ぜ合わせたような激甘状態

だった。

 そしてその目出度い頭で思いつく。

(冬獅郎がボクと一緒に暮らしてくれるつもりなんなら、いっそボクが御殿を建て

て冬獅郎と冬獅郎のおばあちゃんを向かえに行ったほうが早いんとちがうか? そ

うや、そうしよう!)

ギンの戦闘能力が高く、容色にも優れ、頭脳明晰であることは護廷隊中に知れ渡

っている事実だが、最後の「優しい」に関してだけは日番谷に対してだけの専売特

許だった。

(贅沢を云えば冬獅郎と二人きりで住みたいとこやけど、冬獅郎をこないにええ子

に育ててくれたお人や、きっとええ人に決まっとる。流魂街の魂魄はいずれ現世へ

と転生するし、その間はボクもおばあちゃん孝行させてもらえばええ)

 常に無く良識溢れる決断をしたギンに、天からのご褒美のように、またもや日番

谷の口から思ってもいなかった言葉が告げられた。

「―――お前に初めてあったあの日、本当は俺、道に迷っていた訳じゃないんだ」

「えっ、そうなん?」

 だったら、何故自分に声など掛けたのだろうと疑問に思うギンに、頬を紅潮させ

た日番谷がもじもじと続ける。

「うん。急いでいたのは本当だけど、迷っていたわけじゃなかった。・・・だけど

、お前を見かけたあの時・・・上手く云えないが、強い衝撃が俺の心を揺さぶった

んだ。―――何時か、何処かで出会った大切な者。・・・そんな気がした」

「・・・・・・・」

「それで、どうしても声を掛けたい衝動に駆られて、でもお前は如何にも不機嫌そ

うな霊圧を漂わせていて、正直声を掛けるのにとても勇気がいった」

「・・・それは堪忍な、冬獅郎」

 確かにあの時の自分は「厄災」を引き取りに向かう気でいたのだ。傍から見れば

不機嫌そのものであっただろうとギンは苦笑する。

「でもお前は俺に優しく手を伸ばしてくれて、俺がその時どんなに嬉しかったか・

・・」

 日番谷の言葉を途中で遮るように、ギンがしっかりと日番谷を抱きしめた。

「ギ、ギン?」

「――――運命や」

「えっ?」

「ボクも冬獅郎、キミと同じように感じたんよ」

「・・・本当に?」

 驚きと喜びに日番谷の碧の瞳がきらきらと輝く。

 それにこくりと頷いたギンは更に日番谷を抱きしめる腕の力を強め、自分を見上

げる愛しい相手にはっきりと宣言したのだった。

「ボクらは出会うべくして出会った二人や。こらからもずっと一緒やよ!」

 

 

 

 

 

「あぁ。おかえりなさいませ。日番谷隊長、市丸副隊長」

 食事を終え、十番隊の執務室に戻って来た二人を席官達が出迎えた。

「先程総隊長から市丸副隊長にお呼び出しがありましたよ」

「そうなん? 何の用やろなぁ。・・・ほな、ちょっと行ってくるわ。日番谷隊長

は何時ものように先にお昼寝しとって下さい」

「分かった」

 隊長の主な仕事は平の隊員では相手にならない強敵を屠ることであり、その為に

は常に万全の状態で戦いに挑むことが出来るよう、体調を整えていなくてはならな

い。というギンの言葉を鵜呑みにした日番谷は、毎日昼食を取った後、必ずギンと

一緒に午睡を取っていた。

 そしてそれが終われば二人で美味しいおやつを食べながらお茶を飲むのだった。

ギンは自分に寄せられる日番谷の信頼を良いことに、自分に都合の良いように護

廷隊の業務内容を日番谷に吹き込んでいたのだった。

しかしその反面、隊長、副隊長に振られる仕事も一人で完璧に仕上げ、誰にも文

句は云わせなかったが。

ギンが一番隊に行くのを見送ってから隊主室に入った日番谷は、押入れを開け、

二組の布団を敷き、その一方に横になると、早くギンが戻ってくるようにと願いな

がら目を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

「その後の日番谷隊長の様子はどうです? お仕事には慣れられたみたいですか?」

 護廷隊の総隊長という至高の地位にありながら、目下の者に対しても物腰低く、

丁寧過ぎる口を利く浦原に、相変わらず喰えないお人やと思いながらも、すこぶる

機嫌の良いギンは愛想良く応えた。

「日番谷隊長はそりゃあもうご立派にお勤めです。総隊長はん、ご安心下さい」

「それは良かった。何よりです。これからも日番谷隊長のことを宜しくお願いしま

すよ」

「はい。まかしといて下さい」

 どうやら浦原が自分を呼び出した理由は、日番谷の現状に付いて確認をしたかっ

ただけと分かり、ギンは身体の力を抜いて美味しいお茶を味わい、浦原との雑談に

応じた。

 そうして半時程の時間が過ぎ、ギンが暇乞いを告げると、浦原は茶請けに出され

ていた甘納豆を懐紙で包み、ギンに手渡した。

「これを持ってお行きなさい。日番谷隊長の好物です。きっと喜んでくれるでしょ

う」

「そうなん? おおきに、総隊長はん」

 自分が知らない日番谷の好物を何故浦原が知っているのかと思いはしたが、日番

谷が喜ぶと聞けば笑顔で礼を云い、一番隊の隊主室を出ようとしたギンの元に、地

獄蝶がひらりと羽ばたいて告げた。

『市丸副隊長、緊急伝令です! 西流魂街の十番隊担当区に大虚が出現! 現在常

駐隊員が交戦中、応援要請を受けて日番谷隊長が十数名を率いて現場に向かわれま

した』

「なんやて! 大虚!」

 ギンが一瞬で顔色を無くす。

 何故なら、大虚はこの千年の間に目撃情報は無く、既に死滅したと思われていた

『化物』だったからだ。

 

一番隊の隊主室を飛び出したギンは、直ぐに瞬歩を使って大虚が出たという西流

魂街を目差す。

 日番谷は以前、ギンの左足に障害があるのでは懸念し、ギンも否定しなかった経

緯があったが、それが空事のような素晴しい神速だった。

それもその筈、現在の護廷隊において瞬歩を使える者は五十名に満たないが、そ

の中でもギンの瞬歩は特に早いものとしてつとに知られていた。そして取り分け今

は最大のスピードで地を駆けていた。

 流星のような背景の中を疾走しながら、焦りの為に額に汗を滲ませる。

(大虚って、ホンマやろか? だとしたら始解の出来ん連中の手に負える相手やな

い)

 そしてギンの何よりの気掛かりは勿論日番谷のことだった。

 途中で日番谷と共に出撃したと見られる自隊の隊員達を追い越しながら唇を噛み

締める。

(ボクが行くまでどうか無事でおってや、冬獅郎!)

 

 

 

 切り立った崖の谷間の深い森の木々を薙ぎ倒し、『それ』は居た。

「で、でかい!」

 現場に駆けつけ、初めて目にする大虚に息を呑んだのも束の間、ほうほうの態で

逃げ出してくる隊員達を後ろに庇い、日番谷が背に負った氷輪丸を鞘から引き抜く。

「―――『霜天に座せ、氷輪丸!』」

 忽ちのうちに氷の翼龍が日番谷の頭上に現れ、その牙を大虚に向ける。

「ス、スゲェ!」

 日番谷の始解を始めて目にした隊員達から感嘆の声が漏れる。

 翼を持つ氷の龍は怠慢な動きしか出来ない大虚に次々と攻撃を仕掛けるが、中々

致命傷とはならず、氷輪丸を振るう日番谷にも次第に焦りが生まれる。

 千年前の護廷隊の隊長達は須らく卍解が可能で、大虚など一撃で倒したと史跡や

口伝で伝えられているが、始解しか出来ない自分では倒すことが出来ないかも知れ

ないという不安が胸に迫る。だが、これ以上の被害を出さない為には倒せぬまでも

せめて虚圏へ追い返したい。

「く・・・そっ」

 その大きな足で自分を踏み潰そうとする大虚から、素早く身をかわしながら、な

んとか相手の弱点を探ろうと日番谷は必死になった。

 

 ギンがその場に到着したのは、そんな日番谷が一対一で大虚と戦っている最中だ

った。

「大虚、ホンマやったんやな」

 崖の上に立ち、苦々しげに呟くと、今度はその大虚と必死に戦っている日番谷に

視線を移したギンの瞳がかっと最大現に見開かれる。

「あぁ、なんてことや!ボクの大事な冬獅郎があないに必死に戦ってるやなんて」

 日番谷の生命をおびやかしている大虚に対し、怒りが溢れ出す。

 と、その大虚の口が突如がばりと大きく開かれた。

(――――まさか、虚閃!)

 大虚は口腔内から虚閃と呼ばれる凄まじい霊圧の霊光を放つと伝えられている。

そしてその攻撃標準は当然、日番谷に向けられていた。

「ふざけなや! ボクの冬獅郎に何さらすんや!」

 激昂したギンは左足に掃いている袴の裾を捲くり、自分の左足に皮のベルトで固

定されていた脇差を素早く外した。

 日番谷が見抜いた左足の進みの遅れの正体はこの脇差だったのだ。

鞘から引き抜かれた脇差は一尺に満たない短刀であったが、ギンはその鋭い切っ

先を大虚に向け、解号を唱えた。

「『―――射殺せ、神槍!』」

 忽ちの内に白刃の刃が長く伸び、大虚の喉を貫通する。

 急所を貫かれた大虚は虚閃を発射しようとした口を閉ざし、さも苦しげに悶絶す

るや、自分の背後の空間を抉じ開け、虚圏へと逃げ去ったのだった。

 

 

 

「冬獅郎、大丈夫か! 怪我はないん?」

 大虚が虚圏へ逃げ帰ったのを確認したギンは、何事が起きたのかと呆然としてい

る日番谷の元へ駆け寄った。

「ギ、ギン、・・・今のはギンが?」

「・・・・・あ、うん・・・まぁ、その・・・」

 信じられないという表情で大きな碧の瞳を見開いている愛しい相手に、ギンはど

う誤魔化したものかと困りながらその銀糸の髪をポリポリと掻いた。

「凄いじゃないか、お前! とうとう始解が出来るようになったんだな! しかも

あんな稀有な能力なんて」

 どうやらギンが自分と出会ってからの短期間のうちに始解が出来るようになった

のだと思い込んだらしい日番谷は、ギンの栄達を我が事のように喜ぶ。

 ギンはと云えば、これ幸いと日番谷の思い違いに便乗する作戦に出た。

「うん。冬獅郎が毎日ボクに稽古を着けてくれたおかげやよ。ホンマおおきにな」

 二人がほぼ毎日、木刀を合わせて斬術の精進に勤めていたのは本当だった。

 但し、真面目に上の段階を目差している日番谷と違い、ギンの方はその日番谷に

付き合っているに過ぎなかったが、日番谷を溺愛しているギンにとっては然程自分

にとって興味がないことであっても、日番谷と一緒であれば何をするにも楽しい日

々であった。

「そうか。本当に良かった! まさかこんなに早くギンが始解出来るようになるな

んて思わなかった。お前、きっと凄い才能があるんだな。この上は二人で卍解を極

められるように頑張ろうな」

(いや、卍解って・・・ボクが目指しとんのは卍解やのうてキミの旦那さんなんや

けど・・・)

 興奮も露にその見る者を魅了する碧の瞳を煌かせて云う日番谷に、異を唱えるこ

とは出来ず、ギンは力なく引き攣った笑いを浮べる。

「この戦闘の事後処理が済んだら二人で一番隊へ行って、お前が始解出来るように

なった事を浦原総隊長にお知らせしよう。きっととてもお喜びになるぞ」

 嬉しそうに言い募る日番谷の言葉を聞いたギンは、流石にそこで待ったを掛けた。

「いや、冬獅郎。冬獅郎の気持ちはとても嬉しいんやけど、ボクが始解出来ること

は総隊長には内緒にしといた方がええと思うよ」

「何故だ? 今の護廷隊の隊長は約半数が始解出来ないんだぞ。これは大変な名誉

だ」

 訳が分からないという顔をする日番谷の肩にそっと手を置き、ギンは言い含める

ようにその美しい瞳を見つめながら告げる。

「そうや。その通りや。だからもしボクが始解出来るようになったことが総隊長に

知れたら、ボクは間違いなく十番隊を出されて―――キミの側から引き離されて、

他の隊の隊長にされてしまうやろ」

「そ、そんな!」

 云われてみれば尤もな事に日番谷ははっとする。

「冬獅郎はボクが十番隊からおらんくなってもええん?」

 ギンの問いに日番谷は白銀の髪を振り乱して否定した。

「嫌だ! ギンが俺の側からいなくなるなんて!」

 日番谷は明晰な頭脳と類稀な斬術を持つ天才児だったが、その心は外見に違わず

まだ幼く、未熟なものだった。

 大好きなギンが自分から引き離される可能性を示唆されるや、大きな瞳に涙を溜

め、ギンの死覇装の袖をギュと握って離そうとしない。

 そんな日番谷に堪らない愛しさと保護欲をそそられ、ギンは相好を崩す。

「だからな、冬獅郎、ボクが始解出来るゆうのんは総隊長に内緒にしような」

「・・・で、でも、お前はそれで本当にいいのか? ―――隊長に、なれるのに・

・・」

「ボクは隊長になるよりも、冬獅郎の側にずっとおりたいんよ。ボクにとって冬獅

郎、キミほど大事な者はこの世におらんのや!」

「―――ギン!」

 感動と嬉しさの余り、自分に抱きついてポロポロと涙を零す日番谷の背に腕を廻

し、少しクセのある白銀の髪を撫でながら、ギンは内心で親指を立てていた。

(良かったわ。なんとか誤魔化せた。隊長になんかなるもんやないからな。冬獅郎

がホンマに人の言葉を素直に信じる心の綺麗な子で良かったわ)

 ギンが死神になった理由は、単に飢えない為と暖かな寝床の確保が目的であり、

護廷隊に所属した当初から立身出世にはまるっきり興味が無かった。

 自身が隊長としての資質を持っていたのは偶然であり、名誉も地位も欲するもの

ではなかったのだ。

 そして護廷隊の隊長の半数が始解出来ない状態にある現在、どうしても危険な任

務は始解出来る隊長が抱える隊の役目となるのは暗黙の了解とされており、無能な

上官に指図されるのが嫌なギンは副隊長の地位に就いてはいたが敢て始解を隠し、

自分が始解出来ることを知っている席官達にもしっかりと緘口令を強いていた。

 席官達にしてみても、ギンが始解出来るということで、より危険な任務を任せら

れるのはご免こうむりたかったし、何より、万が一、ギンを他隊の隊長として取り

上げられる事態になれば目も当てられないということで、一致団結してギンの始解

を隠していたのだった。

 十番隊に所属する者にとって、機嫌さえ損ねずにいてくれたら、ギンは守り神に

も等しい存在だったのだ。

 

 

 

「やれやれ、大虚が出たというので来てはみましたが、全然大丈夫だったみたいで

すね」

 崖の上の岩陰に身を隠して浦原喜助はポツリと呟いた。

「・・・それにしても市丸さん、本来の力の百分の一も目覚めていない筈なのに、

この距離からあんなに正確に大虚の喉を射抜くとは流石ですね。やはり愛の力は偉

大ということなんでしょうかねぇ」

 相変わらずの砕けた口調で、眼下の二人の様子を微笑ましく見守っている。

 そんな浦原に気付くことなく、日番谷が思いの篭った眼差しをギンに向け、ギン

をドキリとさせた。

「ギン・・・」

「ん? なんや? 冬獅郎」

(も、もしかして冬獅郎もボクに告白してくれるんやろうか?)

 だが、それはギンの期待外れに終わった。のみならず・・・

「俺はお前に相応しい隊長になる為に一日も早い卍解を目差す。だからお前はこれ

からもずっと俺の副隊長で、そして親友でいてくれ」

(え? ええっ? なんやのそれは、ボクが目差しとんのはキミの恋人、いや、旦

那さんなんやって!)

 熱烈な恋の告白をしたというのに、それに一切気付いて貰えず、逆に「ずっと一

生友達でいてくれ」と笑顔で云われてしまったギンはがっくりと凹んだが、それも

束の間、自分と違って、本当の意味でお子様であるらしい日番谷に対して焦りは禁

物と自身を宥めた。

「冬獅郎、ボク達はこれからずっと離れることなく、一緒におろうな!」

「ああ!」

 自分の両手を握り締めてくるギンに日番谷が笑顔で応える。

 

それを遠目から見ている浦原が目を細めて呟いた。

「――――そうです。今度こそその手を離さずにおいでなさい。貴方達は千年の時

を経て、ようやく巡り会えたのだから・・・」

 

 

 

 

                               了

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