初 物
「日番谷は〜〜〜ん!」
バァーン!という音と共に、突然何の前触れも無く、勢いよく扉が全開した。
長月の二日のおやつ時。
護廷十三隊、三番隊隊長、市丸ギンは、今日も今日とて愛しい日番谷冬獅郎に会う為、十番隊の執務室の扉
を断りも無く、元気に開けたのだった。
しかし、そこには目に入れても痛くない程、激愛しまくっている日番谷の姿はなかった。
「あら、ギン。隊長なら昼から休みよ」
煎餅を齧りながらの幼馴染の言葉に、市丸は一瞬、眉を顰めた。
「日番谷はんが休み?・・・もしかして身体の具合がええないの?」
「違うわよ。最近忙しくて休みが取れなかったから、仕事が一段落した今日の昼からあたしが半強制的に休み
を取らせたのよ」
市丸の襲来に慣れている乱菊がのほほんと応えると、市丸は手に持っていた木の器に視線を落し、残念そう
に呟いた。
「え〜〜〜っ。そうなん? 折角、日番谷はんに味見して貰おう思て、わざわざ持って来たんに」
「なに、何? 何を持って来たの?」
器の中身が食べ物だと知るや、俄然興味を持った乱菊が、ソファから立ち上がるより早く、市丸は即座に反転
し、「ほな、さいなら」と後ろ手に手を振る。
「ちょっと待ちなさいよ。あんた。あたしには『味見』をさせないつもり?」
乱菊の叫び声に、「乱には、今度持ってくるわ」という市丸の返事が扉の外から聞こえて来た。
「・・・・・まったく、もう。・・・ドアを閉めて行くだけマシってどうなのよ」
腰に手を当て、乱菊は憮然と溜息を吐いた。
十番隊の隊舎から然程離れていない場所に、日番谷冬獅郎の家はある。
席官ですらない平隊員の住居と然程も変わらない、寧ろ、護廷隊の隊長が住んで居る等とは思われないよう
な質素で小さな、部屋の数も僅か三つしかない平屋のその家の縁側で、日番谷は自らの愛刀、『氷輪丸』の
手入れをしていた。
「日番谷はん、おる?」
「―――市丸か。上がれ」
玄関からの呼びかけに、手入れの手を休めぬまま応える。
「なんや、休みの日まで、斬魄刀の手入れかいな」
呆れたような市丸の声に日番谷は苦笑する。
「この頃忙しくな。やっと構ってやることが出来たんだ」
刀身に丁寧に打粉をうち、それを拭い紙でシケ瑕が付かぬよう注意しながら拭っている日番谷からは、氷輪
丸への溢れるような愛情が伝わってくる。
死神が持つ斬魄刀は霊具の一種とはいえ、やはり日頃からの手入れはかかせない。そしてそれは基本的に
は、古い油をふき取って、新しい油を塗るという作業になる。
そうして大切に扱ってさえいれば、例え千年たっても、その刀身の美しさが衰えることがないのが、日本刀が
世界でも類を見ない鉄器だと云われている由縁なのだ。
最後の仕上げとばかりに丁子油(ちょうじあぶら)を塗り、目釘を入れて、手入れを完了した日番谷は、初めて
市丸に向き直った。
「で、どうした?」
「・・・はっ?」
「何か用があって、ここへ来たのだろう? それとも暇つぶしか?」
ならば業務中のこととて、今すぐ叩き出す、とのニュアンスを籠めて見詰めてくる大きな碧の瞳に、日番谷の真
剣な横顔に見惚れていた市丸は、慌てて手の中の器を差し出した。
「これ、食べて欲しいんよ。日番谷はんが食べ終わったら大人しく帰るよって、なぁ?」
ずいっ!と、自分にさし出された、木の器に入っていた物の意外さに日番谷が声を上げる。
「・・・市丸。これ、柿じゃねぇのか?」
「そうや。今年の『初物』や。今日の昼、三番隊の柿畑に一つだけなっとるんを見つけたんよ」
得意げな市丸に、へぇ〜〜〜と、珍しく日番谷が関心する。
凡そ、世の中の食べ物の中で、もっとも干し柿を愛しているという、この市丸ギンが率いている三番隊の敷地
には、数十本の柿の木が植えられており、秋の日和の良い日を見込んでの収穫、及び、干し柿製作は三番隊
の欠かせない恒例行事となっていた。
「いや〜〜〜っ。今年はアメリカシロヒドリの被害が大したことなかった分、日照時間は少ないわ、長雨は降る
わで、実がなるかどうか心配やったけど、この赤い実を見つけた時は嬉しかったわ」
日頃の剣呑さの欠片もない無邪気な笑顔の市丸にそう云われ、日番谷は再び、手の中の椀に視線を移す。
「・・・・・その大事な最初の柿の実を俺が食べて良いのか?」
「勿論や。キミに食べて欲しいんよ。日番谷はんは干し柿は嫌いでも、普通の甘い柿なら食べられるんやろ」
「・・・うん」
市丸の気遣いに、日番谷の頬に赤みがさす。
木の椀に入った小さな柿は、皮が剥かれ、四等分に切り分けられ、その上に透明な蜜のようなものがかけら
れていた。
そのうちの爪楊枝が刺さった一つを口元まで運んだ日番谷が不思議そうに聞いてくる。
「これ、何か掛けてあるな? 水あめか何かか?」
「ふふっ。まぁ、食べてごらん」
何か悪戯を企んでいそうな楽しげな市丸に、ままよ、と、日番谷はその一切れを口に入れ、しゃくしゃくと咀嚼
する。と、途端に、その碧の瞳が驚きに見開かれた。
「市丸、これ・・・」
「うん。味醂やよ。柿を剥いた上から味醂を垂らしただけのものやけど、どや、美味しいやろ?」
「ああ」
初めて経験するしゃれた味わいに関心しながら、もう一つを食べた日番谷は、残り二切れをお前の分だと云っ
て市丸に返した。
「おおきに」と、それを従順に受け取った市丸は、あっという間に二切れを自分の口に放り込んで胃に収めてし
まった。
そうして、よく風が通る縁側に二人仲良く並んで腰掛ける。
言葉は何もいらない。
何も話さなくても満ち足りる。
市丸は自分の大事な物を大切な者に捧げ、日番谷はそれに応えた。ただそれだけ・・・。
「・・・ボク、そろそろ三番隊に帰るわ」
「あぁ」
暫らくして、ポツリと云った市丸に日番谷が頷く。
「それじゃ、お邪魔さま」
「あぁ・・・。―――――市丸」
「ん?」
「その・・・今夜・・・」
「!」
碧の視線を横に向け、真っ赤になりながら、日番谷が続ける。
「今夜、―――待ってる!」
「うん!」
市丸は子供のような笑顔で大きく頷いたのだった。
了
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