『来る9月29日は、私こと松本乱菊の18回目のバースディーです。
ささやかながらお茶会を催したく存知ますので、お忙しいとは思いますが、
どうぞ下記の場所までお足をお運び下さいますよう、お願い申しあげます。
尚その際、現世の平服でお越し願えれば幸いでございます。
又、プレゼント等はお気遣いのないよう重ねてお願い致します』
こんな招待状が女性死神協会のメンバーと、十番隊の女性隊士達に届いたのは9月の中旬のよく晴れた午後
の事だった。
「ま、松本! 俺はこんな格好をするなんて聞いてないぞ!」
9月29日の当日の昼過ぎ、瀞霊廷にあるとある洋館の一室で、護廷十三隊十番隊隊長である日番谷冬獅郎
の怒声が響き渡った。
「そりゃまぁ、云ってませんでしたものね」
あっけらかんとした副官の声に、日番谷のこめかみに青筋が浮き上がる。
「とにかく、絶対に嫌だからな、俺は!」
これ以上ない程に眉間に皺を寄せ、腕を組んで自分を睨みつけている日番谷に、乱菊は「え〜〜〜っ」と抗議
する。
「ダメですよ。隊長。もう準備は殆ど終わってるんですから。あとは隊長を着替えさせるだけなんですから、ねぇ、
我が侭云わず、早く着替えて下さいよ」
「い、や、だ!」
わざわざ一言づつ区切って云うあたり、どれだけ日番谷が嫌悪の情を表しているかが良く判る。
しかし、勿論、この程度で諦める乱菊ではなかった。
「酷い! 隊長は修兵や恋次の誕生日には一緒に一泊旅行に出掛けて、あんなことも、こんなこともさせたくせ
に、私のささやかなお願いは聞き入れて貰えないんですね!」
「―――ぅ!」
ぐっと詰まった日番谷に対して、乱菊は袖で涙を拭う真似をして止めを刺す。
「愛人は平等に可愛がるって約束したクセに、隊長は本当は私を愛してなかったんですね」
よよよ・・・と、泣き崩れるふりをする乱菊に、日番谷は慌てて駆け寄った。
「そんなことはないぞ! 松本! 俺はお前が好きだ」
「本当ですか?」
「ああ!」
「じゃあ、私のお願いも聞いてくれますか?」
「ああ。判った」
こくりと頷く日番谷に、袖に隠した乱菊の朱唇が笑みをはく。
(―――ふっ。 チョロイわ!)
ニンマリと笑いたいのを必死に堪え、それではと、乱菊は日番谷の着替えを急かしたのだった。
「え・・・っと、地図では確かこの辺なんだけど・・・」
「あっ、あれじゃない?」
招待状を手にした虎徹勇音に、妹の清音が前方の建物を指差す。
指差された先には、現世の古い建物を模した洋館があった。
ここは瀞霊廷の繁華街の中でも、取り分け女の子に人気のあるスポットで、周りは皆現世のオシャレな建物を
真似て作ったカフェや雑貨屋が軒を連ねていた。
「わぁ。素敵なお店ねぇ」
現世の若い女の子達が好みそうな可愛い格好をした姉の言葉に、同じような服装をした妹が応える。
「この前ここを通った時はまだ工事中だったから、きっとつい最近出来たばかりよ。私、オープンしたら、一度入っ
てみたいと思っていたの」
「そうなんだ。こんなところでお茶をするのってずっと憧れてたのよねぇ」」
喜色を浮かべ、瞳を輝かす姉に、清音も笑顔で頷き、、そのカントリーハウス風の建物の扉を開けた。
そしてその二人の後には、やはり思い思いの現世の服に身を包んだ、女性死神協会のメンバー数名が興味深
げに続いたのだった。
「お帰りなさいませ。お嬢様」
「・・・え!」
十九世紀初頭のイギリスの様式を模した玄関を潜った途端、横合いから掛けられた声に勇音は飛び上がった。
慌てて顔を向ければ、イブニングコートにホワイトタイの完璧な執事の正装をした男が頭を下げている。
「どうぞ、お嬢様方、お席の方までご案内致します」
そう慇懃に云って頭を上げた男は、187センチある勇音と変わらない程の長身である。
サラサラの銀糸の髪と、切れ長の目にピジョン・ブラット(鳩の血)の最高級のルビーを思わせる紅い瞳が美しい
目の覚める様な美形だった。
だが何より見事なのは、その流れるような動作、優美な姿勢であり、歩き始めた男の背にふらふらと付いて行
きそうになった一同は、草鹿やちるの声にハッとなった。
「ギンちゃん、なんでそんなカッコしてんの?」
「――え? ええ! ・・・市丸隊長?」
「ウソ!」
虎徹姉妹の叫びに続き、どよめきが洋館のエントランスを駆け巡る。
「し、信じられない。本当に市丸隊長なんですか?」
普段は沈着冷静な伊勢七緒までもが驚きの声を上げる。
執事の正装に身を包んだ男は、それに対して常日頃の胡散臭さを塵ほども感じさせない温和な笑みを浮べた。
「本日の私は当館の執事でございます。皆様、なんなりと御用をお申し付け下さいませ」
常に緩く閉じられていた目を惜しげもなく全開させて微笑む市丸に、皆が一斉に頬を染める。
「まぁ、市丸隊長。その格好、良くお似合いですよ」
卯ノ花までもが好意を見せたのに、「ありがとうございます」と礼をした市丸は、アンティークの小物が飾られた玄
関から次の間へと扉を開け、一同を導いた。
扉を開けた先はやはり十九世紀を模した談話室のようになっており、僅かのカウンター席を除けば、四人掛けや
六人掛け、あるいは二人掛けといった、思い思いに趣向を凝らしたテーブルが幾つも置かれていた。
そしてその室内には三十名程の女性ばかりの先客がいて、椅子から立ち上がり、会釈や挨拶をしてくる。
彼女達は皆、十番隊の女性隊士達だった。
「どうぞお嬢様方、お好きなお席にお付き下さい。本日、当館は皆様方の貸切となっております。程なく主が此
方に参ります」
挨拶をしてくる女性隊士達に、自分達も挨拶を返しながら、市丸の呼び掛けに従って死神協会の面々もそれぞ
れ気に入った場所に腰を据える。
「市丸隊長、ちゃんと標準語が話せたんですね」
「そうですね。それにいつもは閉じておられる瞳が綺麗で驚きました」
市丸の意外さから中々抜け切れないらしい七緒に、涅 ネムが同意を返した。
その談話室は五十名程が入れる大きな部屋で、壁の側面には大きな暖炉までが備えられていた。
そしてその横には等身大の少女のアンティーク・ドールが椅子に座っている。
プラチナの美しい髪に翠の大きな瞳。陶磁器そのものの温かみのある白い顔にはほのかに紅がさされ、小さな
形の良い唇は桜色をした美少女の人形だった。
その人形の衣装もまた見事だった。フランスレースやピコフリルやピンタック、そしてサテンのリボンを多用した
豪奢極まる純白のローンのアンティークのドレスに、お揃いの白の綿帽子の様な大きなフードを被っている。
「わぁ! 可愛い!」
人形に気付いた勇音が瞳を輝かす。彼女は可愛いものが大好きだったが、特別人形が好きではなくとも、誰も
が惹かれるであろう魅力がその人形にはあった。
椅子から立ち上がりかけた勇音に、ス―ッとティーカップが差し出された。
「本日最初のお茶はダージリンでございますが、よろしいでしょうか?」
「あ、はい。・・・って、吉良君?」
「ええ」
市丸と同じ衣装を身に付け、いつもは顔の半分を覆っている前髪を綺麗に撫で上げた吉良イズルが微笑んだ。
「なんだお主、良い顔立ちをしておるのではないか。いつもそうしておれば良いものを」
勇音の前に座っている砕蜂がぼそりと云うのに苦笑し、吉良は引いてきたワゴンを示し、「ケーキはどれになさ
いますか?」と尋ねたのだった。
市丸と吉良の手で一同の元に紅茶とケーキが配られた後、実にタイミング良く本日の主賓である松本乱菊が姿
を見せた。
「皆様、本日はようこそお越し下さいました!」
拍手で迎えられ、満面の笑みを浮べる乱菊は、現世のシンプルな秋物のワンピースを纏い、ヒールの低いパン
プスを履き、髪を綺麗にアップにした清楚な装いである。
何時もは死覇装を独特に着こなしているだけに、皆、目を丸くしていたが、招待客以上に華美な服装はしないと
いうホステスとしてのTPOを弁えてのことなのであろう。
今日ここに集った女性達は、招待状の文面に平服でと但し書きがあったにも関わらず、皆、それぞれ選び抜い
たオシャレな服装をしていたのだ。
「お忙しい中、足を運んで下さって本当にありがとうございます。今日はゆっくり楽しんでいって下さい」
部屋の中央で挨拶を終え、ペコリとお辞儀をする乱菊に、もう一度拍手が沸き、あちらこちらから、「誕生日おめ
でとうございます」の声が飛ぶ。乱菊がいかに皆に慕われているかが良く判る場面だった。
「ねぇ、ねぇ、乱菊、あそこにおいてあるアンティークのお人形を近くで見せてもらっても良い?」
各テーブルを廻って挨拶をしていた乱菊が、自分のところへ来るのを待ち焦がれたように勇音が云うと、乱菊は
にっこりと微笑んだ。
「勿論良いわよ。但し、お触りは厳禁だけどね」
「判ったわ」
いそいそと席を立ってアンティーク・ドールの元へ向かう勇音の後を、我も我もと、女性死神協会のメンバーが追
った。
「わぁ〜〜〜っ! 近くで見ても信じられないくらい可愛い!」
「本当に可愛いですね。まるで生きているみたいです」
感激ひとしおの勇音に続いて、普段は自分こそが人形のように感情を表に出さないネムまでもがうっとりと見入
った。
「ねぇ、あなた達もお人形を見に来なさいよ」
気の効く清音が十番隊の女性隊士達に呼びかけたが、彼女達は一様に戸惑いの表情を見せた。
「どうしたの? 副隊長のお許しが出たのよ。遠慮しないでいらっしゃいよ」
再度、声を掛けたが、誰も近付いてこようとはせず、皆、首や手を振って及び腰である。
「わ、私達、先程見せて頂きましたから・・・」
「そうなんです。あの、でも、清音さん達もあまり近くまで近付かれない方が良いですよ」
(―――え?)
女性隊士達の一種怯えを含んだ声に、清音が不審を抱いたその時、触ってはダメだと云われていたにも関わら
ず、人形のあまりの可愛らしさについ勇音の手が人形の頬に伸びた。
その途端、ぴくんと人形の輪郭が揺れ、俯いていた顔を持ち上がり、翠の瞳が困ったように瞬いた。
「えっ?・・・ええっ!」
僅かな動きとはいえ、突然身じろぎした人形に驚き、勇音は勿論のこと、後に居た一同も飛びのいた。
「う、動いた!」
「・・・こ、この子、人形じゃないの?」
虎徹姉妹の声に何時のまに居たのか、側で乱菊が笑っていた。
「びっくりした?驚かせてごめんね」
「ら、乱菊」
「この子は私の昔からの知り合いなの。実はこの『執事喫茶』は私のお店で、今日がオープンなの。この子はそ
のお祝いに来てくれたんだけど、見ての通り凄く可愛い子だから、特別にお願いして今日だけこのお店のシンボ
ル・ドールになってもらっている訳」
乱菊の説明に皆は目を見開いて、成る程と感心した。
席官の中には護廷隊に勤務しながら副業をしている者も多い。二番隊の副隊長の大前田などはその代表例だ
った。
「そうだったんだ。あ、じゃあ、もしかして市丸隊長や吉良君も?」
勇音の質問に乱菊がにっこりと笑う。
「そうよ。二人とも今日一日だけこの館の執事なの。でも安心して、この二人程じゃなくてもそれなりの美形を手
配してあるから。どうぞご贔屓にしてね!」
乱菊の茶目っ気に談話室が笑いに包まれる。
「因みに厨房は恋次と修兵が受け持ってくれているわ。もうすぐ美味しいサンドイッチが出来上がると思うけど」
その言葉通り、市丸と吉良がワゴンに乗せたサンドイッチを部屋に運んで来た。
「どうぞお嬢様方、当館の自慢の味をご賞味下さいませ。お茶のお代わりもご遠慮なくお申し付け下さいませ」
執事として完璧に振舞う市丸に、場が再び和む。
「そうだわ! ねぇ、人形の振りはもう止めにして、あなたも私達のテーブルでお茶を飲まない?」
腰を屈めながらもう一度少女に近付いた勇音が誘ったが、少女は困ったように僅かに首を横に振った。
「え、嫌なの?」
落胆を見せる勇音に、苦笑した乱菊が執り成す。
「ごめんね。勇音。その子、少し人見知りなのよ」
「そうなんだ。私こそごめんね。・・・じゃあ、もし気が向いたら来てね。待ってるから」
未練を残しながらも、勇音は先にテーブルに戻っている妹達の後を追った。
その後姿を見送りながら、乱菊が小さく少女に語りかけた。
「お茶くらい一緒に飲んだってギンは文句は云わないと思いますよ」
それに対して、少女は一言、「うるせぇ」と、ぶっきら棒に応えたのだった。
しかし長い時間、ただ椅子に腰掛けているのは退屈極まるものである。
あれから一時間あまりの時が経ち、談話室には依然として楽しげな笑いが溢れてはいたが、少女は欠伸を噛み
殺し、時たま足をぶらつかせたり、視線を窓の外に移したりと、暇を持て余す素振りを見せ始めた。
そんな少女に市丸がスッと近付き、何事かを耳打ちすると、少女がこくんと頷いた。
一旦、少女から離れた市丸は次に現れた時には小さなワゴンを引いていた。
そのワゴンの上にはバニラのアイスを盛ったガラスの器があり、その隣のガラスの皿には小さなスプーンとレモ
ンが一つ、そして果物ナイフが乗っていた。
皆が注目するなか、市丸はナイフを取りあげ、サクリとレモンを二つに切り、その一方をバニラアイスの上にかざ
すと、キュと絞り、果汁を振り掛けるように垂らした。
爽やかなレモンの香りがふんわりと談話室に漂う。
皆が何事かと固唾を飲んで見守るなか、ナイフを鞘に戻した市丸はそのアイスクリームとスプーンをワゴンから
取り、恭しく腰を屈め方膝を付くと、スプーンでアイスを一口掬ってそれを少女の口元まで運んだのだった。
まるで花の蕾が開くように、少女の可愛らしい唇が開き、アイスを口に含む。
「美味しいでしょう? 姫様」
市丸の言葉に頬を赤らめながらも少女が頷く。
「バニラのアイスはレモン汁を垂らすと美味しいですよ。もっとも乳脂肪分が高い上等な物に限りますが。・・・イ
ズル、お嬢様方にも同じ物をお配りしなさい」
「はい。かしこまりました」
厨房へと下がる吉良を見やりながら、乱菊が不満そうに口を尖らす。
「ちょっと、ギン。アイスはありがたく頂くとして、なんであたし達は「お嬢様」で、その子だけ「姫様」なのよ?」
そんな乱菊に、少女の口元に何度目かのスプーンを運びながら市丸が微笑む。
「大変申し訳ございませんが、天地神明に誓って私の姫君はこの方だけですので。どうぞご容赦下さいませ」
そうしてさも愛しげに少女を見やる市丸に、協会に所属する何人かが、小さく「あっ」と声を上げた。
彼女達にはその「少女」の正体が解かったのだ。
と、同時に、何故十番隊の女性隊士達が少女に近付かなかったかも理解した。
市丸の居る所で、その少女にベタベタ触ろうものなら命の危険が伴うということを知っていたからだ。
「皆様、本日はわざわざ足をお運び下さって本当にありがとうございました!」
「こちらこそ。結構なおもてなしを感謝致します」
お茶会の最後を締める乱菊の挨拶に、招待客を代表して卯ノ花が謝辞を述べる。
「今後共、是非この『執事喫茶』をご愛顧下さいませ」
店のPRを忘れない乱菊に、和やかな雰囲気の中で笑いが起こる。
そして、完璧な礼をする市丸と吉良に見送られて、客達は『執事喫茶』の館を後にしたのだった。
「ふぅ。これで宣伝効果はばっちりだわ! このお店、必ず繁盛するわよ」
市丸と吉良を振り返って乱菊が親指を立てたところに、Tシャツにジーンズ、その上にエプロンをした修兵と恋次
が厨房から姿を見せた。
「今日は大成功だったですね」
「ええ。皆のおかげよ! 本当にありがとう」
修兵の言葉に乱菊が満面の笑みを見せる。
「さっと後片付けと掃除を済ませて飲みに行きましょう。今日は奢るわよ」
「いや、今日は乱菊さんの誕生日なんだから俺らが持ちますよ。乱菊さんの好きな店に行きましょう」
「本当? やった〜〜〜っ!」
恋次の言葉に、はしゃぐ乱菊にクスリと笑った市丸はその長い足を談話室に向ける。そしてすぐに少女を腕に抱
いて乱菊達の元に戻って来た。
「そんならボクらはこの辺でお暇するわ。お後はあんじょうよろしゅうに」
京弁に戻った市丸はしっかりと少女を抱いて唖然とする四人の間を抜け、外へと出て行ってしまったのだった。
「あ〜あ〜っ・・・。『お持ち帰り』されちゃった」
「仕方ありませんね。最初からそういう約束だったんでしょう?」
「・・・そうなんだけど、もう少し付き合ってくれても良いのに」
吉良の苦笑に乱菊は唇を尖らす。
「本当に独占欲が強いんだから弱るわ。十番隊の子達なんか最初ギンに怯えてたんですからね」
「皆で一斉に取り囲んで触りまくったりするからっすよ。アレは俺だってちょっと頭にきましたもの。市丸隊長に睨
まれたくらいは仕方ないですよ」
「なによ、修兵まで。・・・『可愛いもの』は全世界の財産なんですからね。皆で愛でて何が悪いのよ」
「でもまぁ、よくあの方にあんな格好をさせられましたね。しかも女の子の身体になってる時ならいざ知らず、普
通に男性のままでしょう?」
「だよなぁ。本格的な『女装』だもんなぁ」
吉良と恋次が頷き合うのに、乱菊がふふんと笑う。
「あの人、冷めてるだの感情の起伏が無いだのって、好き放題云われてるけど、基本的には人が良いのよね。
情に訴えればコロリなんだもの。別の意味で心配しちゃうわ」
「大丈夫ですよ。その為に俺達が付いてるんですから」
修兵がにやりと口角を上げるのに、「そうね」と乱菊も目を細めた。
「それじゃさっさと後片付けをして、飲みに繰り出すとしましょう」
恋次が踵を反して室内に戻るのに、三人は笑顔のまま返事をしてその後を追ったのだった。
「あ〜〜〜っ楽しかった。今日は良い日だったわね。姉さん」
帰り道での清音の言葉に勇音が頷く。
「それにあの女の子、とても可愛かったわ。機会があったら仲良しになってお喋りとかしたいわね」
うっとりと呟く姉に、闊達だった清音の足がピタリと止まる。
「・・・どうしたの? 清音」
ビキンと顔を強張らせて自分を見つめている妹に、勇音は不思議そうに問い掛けた。
「―――――姉さん、もしかして気付いてないの?」
「え? 何が?」
その時、見詰め合う二人の間にやちるが割り込んで来た。
「美味しいお菓子でお腹一杯。またあそこに行きたいなぁ。それにひっつんも凄く可愛かったしね」
「―――!」
バイバ〜〜〜イっと、手を振りながら駆け出して行く小さな背中を、信じられないという表情の勇音が見送る。
「き、清音・・・」
「多分気付いてないのって、姉さんだけじゃないかなぁ」
蒼白になった姉に、同情を送りながらも清音が真実を告げる。
「う、嘘! あ、あの子が日番谷隊長だなんてぇ〜〜〜っ!」
夕闇の迫った瀞霊廷の大通りの一角で、勇音の悲鳴が響いた。
「男の子なのにあんなに可愛いなんて世の中不公平ですね」
「そうですね。市丸隊長が日番谷隊長を溺愛なさるのも無理ないかと思います」
悟ったように頷きあう七緒とネムに、他の者も無言の同意を示したのだった。
ここは背霊廷の中でも閑静な地に建っている市丸の私邸の一室だった。
「ああ、可愛え〜〜〜っ!」
自分を見つめてうっとりと呟く市丸に対し、日番谷はにべもない。
「おい、早くこの服を脱がせてくれ!」
恐ろしい程のボタンが付いているアンティークのドレスを脱ぐのに苦戦し、助けを求めた相手はただただ幸せそ
うに自分を見つめるばかりで一向に埒があかず、次第に日番谷は不機嫌になっていた。
「市丸、早くこいつを脱がせろ!」
しまいに命令口調で怒鳴れば、市丸はにっこりと笑い、すっくと立ち上がると、「かしこまりました」と胸に手を当て
腰を折って礼をする。
その完璧に優美な姿に、今度は日番谷の方が見惚れて瞳を蕩けさせる。
「・・・お前、いつもそんな風にしていれば良いのに」
「うん?」
「お前がそんな風にカッコ良いこと、皆が知ってくれたら良いのに」
少し悔しそうにそう云う日番谷に、市丸はこれ以上は無いくらい優しい笑みを返した。
「ボクに本当の姿なんてないんよ。・・・でもキミがそんな風に思ってくれるコトはホンマに嬉しいわ。おおきにな、
冬獅郎!」
「・・・・・市丸」
椅子に座って自分を見つめている日番谷にもう一度笑い掛けた市丸は、そのままそっと日番谷に屈みこむと、
両手で頬を包み込み、桜色をした小さな唇に羽のように軽いくちづけを送ったのだった。
了
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