愛妻弁当
この日、護廷十三隊、三番隊隊長、市丸ギンは事の他上機嫌だった。
いや、もっと正確にいうなら浮かれ切っていた。
「なぁイズル、お昼休みはまだやろか?」
「はぁ。・・・まだ十時過ぎですので、後一刻程は・・・」
苦笑しながらも吉良イズルは朝から何十回と繰り返された上司の質問に律儀に応えた。
なにしろ今日の市丸は登廷するや、「おはようさん」と朝のあいさつを寄越した後は、ひたすら
昼休みの時間ばかりを気にしているのだ。
一体昼休みに何があるというのだろうか?
吉良が思いつくことといえば、十番隊の隊長である日番谷と食事の約束をしたのではないか
ということ位だ。
市丸と日番谷は今から三ヶ月前の、去年の十一月二十二日に入籍し、二人はめでたく夫婦と
なった。
当時、このセンセーショナルなニュースに瀞霊廷が大変な騒ぎになったのはまだ記憶に新し
い。つまり二人は嬉し恥ずかしの新婚さんなのだ。
しかし、昼休みに二人で食事に出掛けるなどということは珍しいことではないし、ましてや先程
書類を届けに十番隊に行った折り、今日日番谷が非番だというのは乱菊から確認済みの吉
良だっただけに頭の中にクエスチョンマークしか浮かばなかった。
「なぁイズル、お昼休みはまだやろか?」
「・・・・・隊長。十分おきにそうおっしゃるのはいい加減に止めて、仕事なさって下さい」
市丸の机上の書類が一向に減らないのにとうとう業を煮やし、吉良は嘆息しながら応えたの
だった。
そしてとうとう市丸が待ちに待っていた正午を知らせる鐘が鳴り響いた。
「お昼休みや! 皆、休憩しいや」
椅子から立ち上がり、机にバンと両手を着いて破願する市丸に、執務室にいた席官達は一
様に苦笑した。
が、とうの市丸はそれに委細構わず机の引き出しを開け、なにやら小さな包みを取り出したの
だった。
「・・・隊長、それ、もしかして・・・・・」
目ざとく気付いた吉良に、市丸は意味深にニコニコ笑い、そしてやや胸を張って自慢した。
「うん。冬獅郎がな、ボクにお弁当を持たせてくれたんや」
始めての手作り弁当やで! と満面の笑みを浮かべる自隊の隊長に、「あぁ。成る程そうだっ
たのか」と三番隊の皆は納得した。
市丸は日番谷が自分にお弁当を持たせてくれたという事実が嬉しくて嬉しくて堪らず、そのお
弁当を食べられるお昼時間を今か今かと待ちかねていたのだ。
普段は何を考えているのか皆目分からず、他隊の死神からは怖いだの不気味だのと陰口を
叩かれることの多い市丸だが、三番隊では意外なことに人気は高い。
それは時折垣間見ることの出来る、市丸の寛容さや可愛らしさの為かもしれない。
今しもウキウキとお弁当の包みを解いている市丸は『幸せ』という言葉を体現しているかの様
で、それを目にした全員が思わず頬を緩めた。
「隊長。宜しければお茶をどうぞ」
気を利かせた吉良が市丸の机に熱いお茶を運ぶと、デレデレの顔のまま「おおきに」と礼を云
った市丸は、パカリと弁当箱の蓋を開いた。
そして、笑顔のまましばらく固まったのだった。
「―――? 隊長、どうなさいましたか?」
いきなり動きを止めた市丸を不思議に思い、吉良が問い掛ければ、所在無げな声が返ってき
た。
「なぁ、イズル。コレ、なにやろ?」
日番谷が作ってくれた弁当の中身を凝視した市丸は思わず自分の副官にそう尋ねねばいら
れなかった。
幼少期を流魂街で過ごし、つましい食事に慣れている市丸は、例え白飯の上に梅干しか乗せ
られていない日の丸弁当を見たとしてもこれほど驚かなかっただろう。
だが、今目の前にあるのは市丸の認識の範疇外にある代物だったのである。
市丸に問われ、どれどれと弁当箱を覗き込んだ吉良は、次の瞬間、にっこりと微笑んだ。
「あぁ。これは『キャラ弁』ですね」
「キャラ弁?」
「ええ。今、現世でブームになっているらしいです」
吉良の言葉に、その場にいた席官隊がわらわらと寄ってきた。
三番隊は護廷隊の中でも女性の席官が多い部隊であり、忽ち彼女達の間でテンションの高い
声が上がる。
「きゃ〜〜〜っ! 可愛い!」
「可愛い! コレ、『リラックマ』よね?」
「うん。リラックマだわ!」
きゃあきゃあと興奮気味に騒ぎ始めた騒動の弁当は、鶏肉のソボロを動物の形でご飯の上に
降り掛け、その上に食材を使って目や鼻や口に見立てて飾りつけてありその回りには彩り良く
配された煮物や揚げ物が詰まっており、見た目に大変可愛らしい代物だった。
「・・・・・コレ、ほんまに冬獅郎が作ったんやろか?」
可愛らしさ満点の弁当と、日番谷の性格の不一致さに首を傾げる市丸に吉良は思わず噴出し
そうになった。
「キャラ弁はレシピが沢山ありますし、そういう物を参考にして時間さえ掛ければあまり料理の
経験の無い日番谷隊長でもお作りになれると思いますよ」
「う〜〜〜ん。さよか・・・」
今一納得しかねる市丸に女性隊士達から次々に声が掛かる。
「日番谷隊長は愛する旦那様である市丸隊長の為に頑張られたんですね」
「旦那様・・・あっ、うん。そうやな。ボク、旦那様なんやな!」
未だに日番谷と結婚出来たことを奇跡のように思っている市丸はその言葉に改めて照れる。
「こんな可愛いお弁当を持たせてもらえるなんて市丸隊長が羨ましいです!」
「いやいや・・・はははっ・・・」
「きっと時間も手間も凄くかかっていると思いますよ。隊長、愛されてますね!」
「愛って!・・・・・やっ、参ったわ・・・・・」
口々に寄せられる賛辞に市丸はデレデレになり、弁当箱をギュと胸に抱きしめた。
「な、なんか食べるのが勿体のうなってきたわ」
「そんな、ダメですよ、隊長。折角『奥様』が作られたんですからちゃんと召し上がらないと」
女性隊士の揶揄する言葉にまたもや市丸は舞い上がりそうになった。
「そ、そうやなぁ。せっかく冬獅郎がボクの為に作ってくれたんや、ありがたく頂くことにするわ」
幸せこの上ないという態度で、弁当箱をそっと机の上に戻し、椅子に座りなおした市丸はキチ
ンと両手を合わせて「いただきます」と頭を下げた。
それを見た面々は、胸に温かなものを抱えながら市丸の傍からそっと離れたのだった。
「冬獅郎、今日はほんまにおおきにな!」
就業を終えた市丸は瞬歩を使って自宅に帰りつくや、愛しい愛しい日番谷を抱きしめてそう云
った。
「冬獅郎が作ってくれたお弁当、ほんまに美味しかったわ!」
「そうか。良かった。早起きして作ったかいがあったな」
市丸の感慨に日番谷も嬉しそうに碧の瞳を煌かす。
「でもよくあないな手の込んだお弁当が作れたなぁ」
感心しきりの市丸に日番谷がクスっと笑った。
「この間松本が現世任務に就いた時に、土産として買ってきてくれた本を参考にして作ったん
だ」
「そうなんや。これは乱菊にもお礼せなならんなぁ」
「そうだな。俺もいい物をもらったと思う。俺は中々料理なんて作る暇はないが弁当くらいなら
たまにお前に持たせてやれるからな」
「えっ! そしたら冬獅郎はこれからもボクにお弁当作ってくれるん?」
「ん。そう頻繁には無理だけど五日に一度位ならな」
「それで充分や!」
市丸は嬉しさのあまり、再び日番谷を抱きしめ、日番谷もまた市丸の背に小さな腕を廻してそ
の愛情に応えた。
暫しの抱擁のあと日番谷を離した市丸は興奮冷めやらぬ調子で嬉しそうに告げた。
「ほんまに今日のリラックマ弁当は皆にも大好評やったんやで! あぁ。次のお弁当が今から
楽しみでしょうがないわ!」
「・・・・・・・・・くま?」
喜びに浮かれきっている市丸は、この時日番谷の顔から表情が消えたのに気付かなかった。
「ほんならボクは着替えてくるわ。お夕飯の仕度はもうすんだん?」
「あ・・・いや、まだ途中なんだが・・・・・」
「それやったらボクも手伝うわ。待っとってや」
足取りも軽く自室に向かう市丸の背を見送り、日番谷がポツリと零した。
「―――クマかぁ・・・・・。そう見えてしまったか。俺の力不足だな」
そして一つ重い溜息を吐く。
「・・・・・キツネのつもりだったのになぁ」
了
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