桜
桜を見に行くか。
そう誘われて二つ返事で俺は頷いた。
そして今、埼玉へ向かうJRに揺られていた。
日向に連れられて着いた場所は若島津たちが通っていた小学校の近くの公園だった。そこには、小学生のときに学校の行事で植樹した桜たちが並んでいる。
まだ日向の足の太さにも満たない小さな桜。その桜が暖かい日の光の中で両腕をいっぱいに伸ばし一生懸命咲いていた。
「卒業して以来だよ、この桜見るのは。」
「俺たちよりこんなにちっこい桜だったっけ。」
「あの時、日向がふざけてスコップで土をかけてケンカになったよな。」
桜が2人の記憶を一気に10年前に戻してくれる。
たまにはこんなのんびりした時間を過ごすのも悪くないな。
いつも慌しく時間が過ぎていき、2人きりの時間もただ抱き合うだけで終わってしまう。抱き合うことは何にも変えられない至福のひと時だけれども、それだけでは寂しさを感じてしまうのは自分が我が儘だから?
こんな風に2人で共有できる時間と思い出があることが心の隙間をゆっくりと埋めていく。
「そういえば、あの頃おもしろ半分でいろんなものも一緒に埋めたっけ」
タイムカプセル・・・そう言い出したのは誰だったのか思い出せないけど、植樹祭なのに何故か皆手に大事なものそうでもないものを手にして集まったような。
自分は確か初めて使ったサッカーグローブだったっけ。もっともっとサッカーが上手になれますように、そんな願いを込めながら。
今だったらそんな他人に願うことなんてないけど。
桜を見ながら当時の一生懸命な自分を思い出してしまって思わず小さく笑ってしまう。
隣を見ると、日向もまた桜を静かに見つめていた。
「日向は何を埋めたのさ?」
ふいに気になって尋ねてみた。確か日向とは同じ桜を植えたから、日向の埋めたものもこの桜の下にある筈だ。自分のことで精一杯で、他の奴らが何を埋めてたのかなんて、気にする余裕がなかったけ。
「10年後の自分への手紙。」
「ぷっ」
ぼそっと呟いた日向が可笑しくて笑ってしまう。
「あ、今おまえ、『だせー』とか思ったろ?」
「思ってねーって。でさ、何書いたわけ?」
笑いを無理やり押しとどめて、その先を促す。この筆不精の日向が手紙を書くなんて。ましてや将来の自分に宛てた手紙となると、その中身が気になって仕様がない。
「そんときの自分の願い、というか将来像みたいなものかな?
プロのサッカー選手になってる。それと・・・」
「それと、なんだよ?」
言葉を捜している日向の横顔から、小学生の頃から10年も経ったのに変わらない優しさや強さが見えるような気がする。
「そばにおまえがいる。」
「・・・・・・・・・・」
「おまえが赤くなるなよな。恥ずかしいのは俺なんだけど。」
そう言って、日向は俺の足を軽く蹴飛ばした。
自分の思ったとおりになってるって流石日向らしい。
そんな日向と一緒にいられる自分を誇らしく思える。
「桜、大きくなればいいな。」
「なるさ。」
思わずこぼれた独り言のような呟きに、日向は即座に答えた。
「なんだよ、その根拠のない自信は?」
「俺のお前へのラブレターが埋まってる桜が大きくならないわけないじゃん。」
なんでもないような顔をして、爆弾のような発言をする。俺は驚いて思わず日向の肩に手をかけ、軽く揺さぶってみた。
「ラブレター?さっき10年後の自分への手紙って言ったよな?」
「本当はおまえへの言えない想いを埋めちゃったんだな。そのまま封印するつもりだったんだけど、まあめでたく成就したわけだな。」
「・・・・・・・
そんな危険な手紙掘り起こさないと・・・」
思わず不安な表情になってしまったのが自分でもわかる。もし、何かの拍子でその手紙が誰かの手に渡ったらどうしよう。俺はいいけど、日向は・・・・・・
「大丈夫だって。今頃溶けて土になって、この桜の一部になってるさ。」
そんな俺の表情に気付いたのか、日向は優しく笑って手を強く握り締めてくれた。
だって、ほら。
この桜が一番キレイに咲いている。