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常願寺川が何度も洪水を起こした昔、現在の県道を境に道に土を盛り上げ、村を洪水から守る苦労が続けられたが、鉾ノ木の一本松の下にあるお地蔵様は、洪水の守仏として祀られてきた。
一方、明治の初めごろ、水橋のある家で一人の子供が百日咳にかかり、なかなか治らなく大変悲しんでいた母親の夢の中に、「私は、鉾ノ木の一本松のそばの地蔵であるが、そこにあなたが朝早くきて一升の清水を供えたのち、それを子供に飲ませたなら、咳がなおるであろう。」とのお告げがあり、早速お告げどおりにしたところ、見る見るうちに治ったそうです。
それ以来、咳で苦しんでいらっしゃる方々がお参りに来られるとのことです。
なお、地蔵堂横の大石は、昭和38年の土地基盤整備時に西方150mの田から掘り出されたもので、安政の大洪水(1858年)により流されてきた石と推測されています。