ナイアガラフォロワーズ研究会

 

 

 

 

 

 

 

 

オールナイターズ&

おニャン子クラブ

 

大物のリストからはずれましたが忘れられないのはこちらのガールグループ。

 

おかわりシスターズ

「恋をアンコール」

「心はシーズンオフ」など

 

おニャン子クラブ

「早すぎる世代」ほか

1stアルバム『キックオフ』

 

「好きになってもくれない」ほか

2ndアルバム『夢カタログ』

 

新田恵利

「冬のオペラグラス」

●国生さゆり

「バレンタインキッス」

 

 

60’sサウンド in 80’s

 

洋楽にもこの時期60’sのリバイバルが起こっていました。

記憶の限りです。

 

●トレーシー・ウルマン

アルバム『夢みるトレーシー』83

●ビリー・ジョエル

アルバム『イノセントマン』83

 

●ワム「フリーダム」84

●カルチャー・クラブ

「ポイズン・マインド」83

●ホール・アンド・オーツ

「マンイーター」82

●アランパーソンズプロジェクト

「ドント・アンサー・ミー」84

 

カバー

●ボーイズ・タウン・ギャング

「君の瞳に恋してる」82

●フィルコリンズ

「恋はあせらず」83

●デイビット・リー・ロス

「カリフォルニアガールズ」85

●デビットボウイ&ミックジャガー

「ダンシング・インザストリート」85

 

 

 

『ロンバケ』に触発にされた大物たち

 

 

 

 

 『ロンバケ』が歌謡曲・ニューミュージックに及ぼした影響を検証したいと思います。これまで紹介したシスター、ブラザー&チルドレンやファミリーをここではあえて排し、『ロンバケ』 以前から活躍するライター、アーティストと、その後ナイアガラ人脈から外れたところから登場したアーティストをラインナップしてみました

 

スペクター サウンド、「ビーマイベイビー」サウンドが、巷に溢れていたのは80年代中期です。

20年前のこの手のサウンドがなにゆえこの時期の日本に復活したのか。背景には諸説があろうと思いますが、『ロンバケ』の存在は無視できないと思います。そしてその後の「風立ちぬ」「冬のリビエラ」のヒットで市民権を得て同時代のクリエーターたちがあとに続いたのでは、と推理します。

   

「草原の輝き」のリメイクを収録した77年の
ソロアルバム『TEN YEARS AFTER』
 
 

井上大輔

 

 

66年GS、ブルーコメッツの一員としてデビューし代表曲の大半を作曲。なんと美空ひばりのあの「真赤な太陽」67のアレンジとバッキングに起用され、70年代はフィンガーファイブ、80年代はシャネルズのみならずシブがき隊や「ジャペァーン」の郷ひろみと別路線でもヒット連発。巨匠です。 シャネルズの「ハリケーン」から筆名を”忠夫”から大輔に変更。                                                 大瀧とはシャネルズのデビュー曲と”裏”デビュー曲つながり。アルバム『ソウルバケーション』でガチンコ競演、市川美和子『ピンナップガール』でも競演。大瀧は83~4年に井上のラジオ番組にゲスト出演しているようですね。接点の多さにおどろきました。

 

南野陽子「風のマドリガル」86 湯川/大輔/萩田

シングルで「スケバン刑事」の主題歌だったので、この曲がシベリア系であること は有名だと思います。しかし後に同系統のブルーコメッツ「草原の輝き」68を発見、ネタがさらに上流にあると気付かされました。

 

芳本美代子「白いバスケットシューズ」85     松本/大輔/大輔/ストリングス深町純

こちらも最近CD化されたことで知名度は高いと思います。

 

中森明菜 「TERMINALまでのEVE」84                        伊達歩/大輔/瀬尾一三

クリスマスソングと音壁(wall of sounds)の相愛関係を示す1曲。84年に明菜が人知れず このてのサウンドをやっているあたりに、今回のテーマ”猫も杓子もナイアガラ”を最も証明しているのではないでしょうか。

 

キララとウララ「多感期のフラミンゴ」85 不明/大輔

「ボビーに首ったけ」を下敷きにしていると思われます。この時代の歌謡曲のサウンドに『ロンバケ』とともに影響を与えた楽曲にトレーシーウルマンがあると思います。ファーストアルバムから、「BREAK AWAY」は「セーラー服を脱がさないで」に「THEY DON'T KNOW」は「恋はじめまして(岡田有希子)」につながり、そして「ボビーに首ったけ」のカバーもこのアルバムに収録されているんです。

 

ポピンズ「妖精ポピンズ」86 売野/大輔/清水信之

シングル3枚アルバム1枚で消えたガールグループです。おニャン子の1、2枚までのサウンドと同路線です。『BOMB presents永遠の’80お宝アイドル大集合! ソニー編』というCDで聴くことができます。

 

尾崎紀世彦「サマーラブ」87 なかにし/大輔/大輔/ストリングス前田憲男

ビールのCMでスマッシュヒットしました。当時カムバックしたロイオービソン張りのボーカルが聴かれます。

 

フィンガーファイブ「上級生」74 阿久/忠夫/忠夫

これは年代的にもこの稿のテーマからははずれます。ただしこれを発見したことで、井上のバックボーンもまた大瀧と同一である、と再認識しました。ロネッツ の「DO I LOVE YOU」をアイドルキッズグループのA面曲のネタにするという魂胆。AB面入れ替えて大ヒットした曲なので、すっごい数の子どもたちが聞いたと思いますが、70年代のこの時代に何人がこの動機に気付いたことでしょう。

 

井上大輔「スパークリングガール」89                川野康之・森田由美/大輔/大輔

晩年はアーティストとしても「ガンダムの主題歌」などで知名度がありました が、89年のシングルで実はサイダーのCMに起用され「サイダー’89」なのです。 こちらは達郎の「サイダー’76」の 雰囲気があります。

 

   

 

 

 

 09.10.16

 

『だいじょうぶマイフレンド』につづいて
手がけたサントラはこちら

 

加藤和彦

 

 

67年フォーククルセダーズの一員としてデビュー、「帰って来たヨッパライ」が大ヒットするなどフォーク界、歌謡界にいきなり一石を投じる。            「あの素晴らしい愛をもう一度」やベッツィ&クリス、トワエモア、アグネスチャンなどへの曲提供で作曲家として頭角をあらわし、72年サディスティックミカバンドを結成すると、海外進出でも大成功。

解散後はソロ活動とともに多数の女性アーティストのプロデュースを手がける。総じて言うと大瀧、細野に匹敵するライター&プロデューサーです。直接的な交流がないにもかかわらず、キャリア的に似たような経歴を歩んでいるような気がします。

薬師丸ひろ子の映画「探偵物語」83のサントラで大瀧とニアミスしていますね。

 

竹内まりや「不思議なピーチパイ」80.2 安井/加藤/加藤・清水

「戻っておいで私の時間」「ドリーム オブユー」とデビュー以来の重要なライターだったのです。

 

岡崎友紀「ドゥーユーリメンバーミー」80.6     安井/加藤/加藤

01年キタキマユがカバーしたことでナイアガラーに再評価された代表曲。これについては「点と線と円」でさんざん語ったので、もう少しだけ補足。必聴なのは アルバム『ドゥーユーリメンバーミー』です。このアルバムはA面が全曲加藤の 提供曲、編曲、B面は大貫妙子やまりやの提供曲(清水信之編曲)で構成されています。

 

伊藤つかさ「夕暮れ物語」81.12 安井/加藤/清水

ここからが『ロンバケ』後です。                             「風立ちぬ」の2ヶ月後の発売です。これがなんと「レイクサイドストーリー」タイプの曲なんです。サウンドはもひとつ薄いのですが。

 

広田玲央名「だいじょうぶマイフレンド」83     安井/加藤/清水

映画『だいじょうぶマイフレンド』は83年春公開の 村上龍が監督した映画でタモリが出演していた関係で、「いいとも」のテレホンショッキングに関係者が登場していたと思います。この流れで細野~(大滝が電話で出演拒否)~糸井の輪につながったのではなかったでしょうか。

 

飯島真理「愛・おぼえていますか」84 安井/加藤/清水

「だいじょうぶ~」と同路線ですがカスタネットはなしです。

 

ちわきまゆみ「ビーマイエンジェル」88 SAGE UWE/加藤/加藤

「ドゥーユー~」をハードにしたサウンドです。偶然でしょうがレニークラビッツがやったバネッサパラディみたいです。

 

高岡早紀「悲しみよこんにちは」89 真名杏樹/加藤/加藤

この時代はゲンズブールのごとく高岡早紀に心酔していたので しょうか、フレンチ路線の作品が多いのですが、唯一ナイアガラで言えば「マルセイユ」のような サウンドです。

 

桐島かれん「こんな素敵な日に」90 雪之丞/加藤/加藤

ちわきまゆみのアルバムに「ANDY AMERICA」という曲がありますが、そっくりです。「ドゥーユー~」をスローにしてみました。森下恵理の「秘密のダイアリー」というのも「ドゥーユー~」のバリエーションです。偉大なるワンパターンというのがわたしは大好きです。

 

西田ひかる「好きで好きで好きなの」96 『24』  三浦/加藤/清水

これは「ジャパニーズ・シティーポップ」という本をたよりにれんたろうさん、 ねのすけさんにさきがけて発見した曲です。まあこの頃の西田ひかるなんてきっ かけがないと買わないですよね。

これはナイアガラというよりも「達郎がプロデュースした竹内まりや」フォロワーです

 

 付記

清水信之

清水信之は加藤和彦とのコンビで、「不思議なピーチパイ」、「だいじょうぶマイフレンド」、「愛・おぼえていますか」、「夕暮れ物語」、「好きで好きですきなの」など前述のこれらの作品を編曲しています。ナイアガラサウンドというよりは加藤和彦からの流れといえます。

木根尚登「二人だけの海」97 『60CANDLES加山雄三トリビュート』       岩谷/弾/清水

日置明子「スカーレット」95 吉元由美/木根/清水

渡辺美里「一瞬の夏」89 渡辺/伊秩/清水

中山美穂「色ホワイトブレンド」86 まりや/まりや/清水

とくにTMNの木根尚登とのコンビによる2曲の完成度は保証できます。

 

 

 

「スロータッチ」「哀愁のオリエント急行」を
収録した東芝EMIのコンピ
 

 

筒美京平

 

 

 

66年ポリドールのディレクターを経て作曲家としてデビュー。トップ10に入った曲だけで200曲くらいあるのではないでしょうか。売れることを至上命題にして曲を書くことに関してこの方の右に出るものはいない。                 元来○○の次に○○風を提供するのが真骨頂の人である。たとえば「雨の御堂筋」の次に「雨のエアポート」、「ダンシングヒーロー」の次に「1986年のマリリン」、「SHOW ME」の次に「抱きしめてトゥナイト」。 最近では安部麻美の曲でタトゥーっぽいのがありましたよ。

 

水谷圭「スロータッチ」83 竜真知子/筒美/難波弘之

 

真璃子「恋みーつけた」86 松本/筒美/水谷公生

サビが同系統の2曲です。ドラミングやパーカッションをカスタネットふうに鳴らしていたり。筒美はアレンジャーに対して曲想に応じたサウンドを明確に指示すると言われています。

「恋みーつけた」は松本とのコンビで太田裕美~斉藤由貴系列のかくれた名曲ですね。

 

つちやかおり「哀愁のオリエント急行」82 湯川/筒美/船山

これは“テーマの拝借”でしょうか。いえ。シベリアが松本隆による「木綿のハンカチーフ」の“構成の再利用”なのです。                       シベリアとのサウンド面での共通項はヨーロッパ産エレキインストですが、オリエント急行は南行きらしく、エーゲ海やイスタンブール、筒美お得意のサウンドで料理されています。

 

その他、メロ・サウンドの共通点はないですが松本隆つながりで森進一「モロッコ」83、 芳本美代子「オーロラの少女」86という姉妹作品があり、さらに、参考までに、榊原郁恵「ロボット」斉藤由貴「初恋」は細野歌謡を意識しているように思います。

“ミスター歌謡曲”は信望厚い作詞家松本隆の盟友、“ふたりのポップス博士”をどのように見つめていたのでしょうか。

 

  

 

True love never runs smooth
 

 

「幸せな結末」症候群

 

 

井上、桑田、ユーミンの大御所が97、98年にそろってナイアガラサウンドを突然リバイバルしているのはおもしろいですね。「幸せな結末」での本家の復活が呼び水となったのでしょうか。ちなみに達郎も「ヘロン」98がありますよ。

井上陽水「ティーネイジャー」98

平井夏美つながり。 奥田民生とのユニットによる『ショッピング』97では「AとB」がビーマイベイビーっぽく、「月ひとしずく」がマイスイートロードしている。こちらはソニーのD河合マイケルでつながっている。

 

桑田圭佑「ラブアフェアー」98                            「ハートせつなく」91 「クリスマスラブ」93など。

小林武史がナイアガラーという説もあり、原の『マザー』以降、この路線へのアプローチが多いような気がします。                          大瀧との交流は83.7にライブジャムで共演しアンコールで「蛍の光」をデュエット。00.12のアクトアゲンストエイズで「夢で逢えたら」をカバー。山下家とのつながりもあります。

 

松任谷由実「サニーデイホリデイ」97                        「真冬のサーファー」78 「守ってあげたい」「カンナ8号線」81

『流線型80』78に達郎、『サーフ&スノウ』80.12で須藤薫、『昨晩お会いしましょう』81.11で杉が参加。デビュー時からナイアガラ周辺人脈との親交は深いが、『ロンバケ』以降となれば遊民亭主つながりでしょうか。

 

 

AND MORE・・・

 

アンド・モア

 

浜田省吾「ミッドナイトフライト」85

『クラブサーフ&スノーバウンド』87は企画もののアルバムらしく全編リラックスした雰囲気で、スペクターやビーチボーイズへの憧憬がストレートに出ていてフューズのメンバーとともに楽しんでいるのが伝わってきます。          浜田は達郎とシュガーベイブ時代に交流があり、板倉雅一は銀次、元春人脈。またソニーのD須藤晃は杉を担当しトライアングル2にも関係しています。このサウンドの採用は不自然ではないし、とくにナイアガラだけを意識したものではないです。どちらかといえばアランパーソンズプロジェクトの「DON’T ANSWER ME」84のほうを意識しているかも。

『サンドキャッスル』83もセルフカバーの企画ものですが、ここではミキサーに吉田保を起用して「長く聴かれるようなスタンダードなサウンド」を目指したとされ、ひょっとするとこちらのほうが『ロンバケ』フォロワーとしての意図が感じられます。また『青空の扉』96では「ビーマイベイビー」をカバーしていました。

 

オフコース「愛の中へ」81.12

82年の年間アルバムセールス1位がこの『オーバー』で2位がロンバケだったと 記憶 してます。実はわたし『ロンバケ』体験直前に一番聴いてたのはオフコースだっ たのです。

 

さだまさし「ONCE UPON ATIME」86

さだのアプローチはカーペンターズの「YESTERDAY ONCE MORE」のコンセプトです。

 

安全地帯「悲しみにさよなら」85

以上はビーマイベイビー系の曲です。どのアーティストも前後に同様のサウンドが見られないことから、当時は「この手もありかな」と“バリエーションの一つとして持ってきた”のではと思います。

 


 

槙原敬之「どんなときも」91、米米クラブ「君といるだけで」92の中でもサウンドの味付けにナイアガラ的なカスタネットが使われていますが『ロンバケ』以後のその他いろいろな間接的な影響があらわれてしまって結び付けるのがやや強引ですね。

たぶん90年代になると、制作の現場では、「あ、ここんとこはナイアガラで・・・」というふうにスタッフ間で通じるようになっているのではないかと想像しています。

アルフィー、チェッカーズのナイアガラサウンドアプローチの情報を募集します。

 

 

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