20th Annniversary Edition発売

1.いとしの『EACH TIME』ナイト参加レポート

2.LONG LONG 『EACH TIME』

3.コンセプチュアル『EACH TIME』

4.ダークサイドストーリーオブ『EACH TIME』

5.『EACH  final TIME』

6.コンパクト『EACH TIME』

7.each  FINAL TIME』

8.TEACH ME 『 EACH TIME』

9.LET'S 『SMiLE』 AGAIN

10.final 『SMiLE』

11.「フィヨルド」再訪          

 

 

                       『UNFINISHED  SYMPHONY』

 

 


 


 

 


04.3.21いとしの『EACH TIME』ナイト参加レポート

 

なんとかはじめて3.21恒例のナイアガラ祭に参加できました。夜行バスの関係で10時過ぎで帰路に着きましたが、いとしの『イーチタイム』ナイトで『イーチタイム』について考えた、あれこれです。

健太さんと瀬竹さんが「ロンドン・スマイル・ツアー」の余韻を引きずっていたせいか、『イーチタイム』=『スマイル』説という流れで話が進行していたと思います。

共通点1.発表時に完成型が提示されていない。
2.ブライアンにとってビーチボーイズとしてイニシアティブをとった最後のアルバムであるように大滝にとってラストアルバムである。
3.テーマが重い(暗い)。
4.多くのものを盛り込もうとし、1曲が長くなった、または、まとまらずお蔵入り。

レココレの大滝へのインタビューによると84年発表時に「終わらせたい」という意思はあったようですね。でもずるずると「死に切れない」まま再編集して97年まで来たようです。未完の愛は「幸せな結末」でようやく成就(成仏)できた。とのことです。

でも今回の「レイクサイド」もフェイドアウトして「フィヨルド」へ・・・ファイナルとは・・・完成型ではなく最終型ということでしょうか。「完成しないまま終わり」みたいな。そういえば「生きてるうちは(アウトテイク集)出さないよ・・・」という健太さんの極論もありましたね。

2年ほど前にノージさんがもらったというCD-Rの曲順が紹介されました。そこにはすでに「ファイナル」の文字があったそうです。
1.ドラッグレース
2.バチェラー
3.木の葉の
4.ナックルボール
5.ジェット
6.ペーパーバック
7.ガラス壜
8.ペパーミント
9.魔法の
10.フィヨルド
11.レイクサイド
だそうです。

1曲目はご子息からのリクエストだとか。興味深いですね。
結局、シングル切らない、または切れる曲がない、と言うのを逆手にとって、シャッフル・プログラム演奏可能なCDメディアを楽しもうというコンセプトなんでしょうか?「CDチャート初代1位作品」という歴史的位置付けもありますし。

最後にわたしがつくる『イーチタイム』・・・
「白い港」ではじまって制作順につないで「熱き心に」で終わる、ボーナスで「幸せな結末」というのをつくってみます。
まあ、いわゆる『スマイリースマイル』であるところの初回盤がいちばん好きでは
あります。  

 

LONG LONG 『EACH TIME』

 

 1.R&Rグッバイ

 2.四月の

 3.リビエラ      82・10・18

 4.ペーパーバック  83・1・19

 5.未発表曲        1・21

 6.バチェラー        1・27

 7.マルチスコープ     2・05

 8.ドラッグレース      2・06

 9.ナックルPT1      2・09

10.すこしだけ        2・20

11.探偵           2・22

12.木の葉の        2・27

13.ペパーミント       3・11

14.レイクサイドFO     3・13

15.魔法の          3・下旬

16.ガラス壜の       3・下旬

17.ジェット         3・下旬

18.サイダー'83      4・04

19.Tシャツ         7・01

20.星空の         7・07

21.フィヨルド        9・02

22.リアス          9・06

23.オーロラ        

24.ツンドラ         9・10

25.ナックルPT2   84・1・11

26.レイクサイドCO

ボーナストラック

27.熱き

28.幸せな結末

29.白い港

1曲目は『トライアングル2』後の作品からということで。あとは「うなずき」から「サブマリン」への表裏となる流れは、省きました。今回明らかになった録音順です。

「マルチスコープ」は『イーチタイム』後にリメイクされて「ナックルPT2」を継承したサウンドになっていますので26曲目でもよいでしょう。逆に「ナックルPT2」は「Tシャツ」後にリメイクされてサビの”かけあいコーラス”が生まれたようですね。

「レイクサイドCUT OUT」版は最後の最後で差し換えたということで本編のラストに再登場。ボーナストラックは作者の意向によりつづけて聴いてみましょう。そして、本来の1曲目「白い港」にリバースするという意図です。「白い港」と「R&Rグッバイ」は“重い荷物を持った女”つながりです。

ほんとは「魔法の」のショート版や「木の葉の」別バージョンがあったり、「ペパーミント」のプロモ版(よかったですね)も入れて、さらに長くなりそうですね。

 

 

コンセプチュアル『EACH TIME』

 

今回の再発にあたって、大滝はいくつかの雑誌のインタビューに応じているようです。

「CDジャーナル」は立ち読みですませましたが、このインタビュー中で気になった発言。                             『ロンバケ』はアメリカ的で、わかりやすく、明るい、それに対し『イーチタイム』はイギリス的で、詞が長く、重い、悲しい詞はより深刻な悲劇として描かれている。『ロンバケ』をA面とすれば『イーチタイム』はB面として2枚でワンセット、と。

「ブリッジ」は渋谷陽一によるインタビュー。               渋谷は84年当時いちばん取材を受けていた音楽記者であり、その因縁の後日談になっています。                  

『イーチタイム』2曲目の録音は渋谷のラジオ番組のみでの発表されたという、未発表曲です。03年、このエアチェック音源をある方からいただき20年ぶりに聴いているんですが、この曲はふたりのトークのバックに流される、というかたちで聴こえるのです。

 

04年のインタビュー。                            『ロンバケ』以降の作品は、はじめて自分のキーに合わせて歌った青春歌謡、 『ロンバケ』はひとに書いた曲を集めたもの、『イーチタイム』は全曲自分が歌うために書いた。

「レコードコレクターズ」での湯浅学によるインタビューの冒頭。   はっぴいえんどから15年、同じことは1回もしていない。        『ロンバケ』の大ヒットを受けて大きな期待を集めて制作された『イーチタイム』。同じことをやるわけにはいかず、それ以上の成果を求められ、大滝が打ち出したコンセプトとは。

 

”歌われる”「歌謡アルバム」。

「冬のリビエラ」で松本隆が、「予想より早く”演歌”を書いてしまった」といったように、大滝もこの成功で、”演歌”とまでは行かないまでもよりアダルト路線の歌われる「歌」への可能性を意識したのではないでしょうか。

「歌」といえば、歌詞が主役になってきます。              『イーチタイム』では、歌詞に「時の物語」というトータルテーマをかかげ、そのため全曲を松本隆と共作しました。              これは、もちろん以前のアルバムにはない試みでした。歌詞が主役であるがゆえに曲に対して詞が長すぎたり、曲が長すぎて、2コーラス目で物語が完結してしまったり、で共同作業は難航を極めた、という逸話も「イーチタイムスVOL3」で披露されています。

大滝のこれまでのパターンで言えば、言葉の意味よりも、音、韻、語呂、だけを重視したノベルティーソングや、オケとの融合を追及してボーカルトラックをあえて押さえてミックスした作品が少なからずありました。

それを受けて『イーチタイム』を聴いたとき、ボーカルが前面に出て歌詞を聴かせるように歌われたときに、言葉の意味性が強調されサウンドの心地よさ以外の「歌」本来の”心を動かす何か”が作用するわけです。                                 つまり『イーチタイム』のある種の”重さ”、”暗さ”、”湿度”です。

あらためて詞を読んでみました。                     歌謡曲していますね。大人の歌謡です。松本隆は84年当時最も売れていた作詞家で当然と言えば当然ですが。松本=大瀧のコンビでも『ロンバケ』ののち「風立ちぬ」「冬のリビエラ」「探偵物語」で歌謡曲の作家としてすでに一定の成功を収めているのです。

84年、件の「未発表曲」にかぶった渋谷のインタビューに「略してE.T.」と発言しています。E.T.は、Eiichi &Takashi、E&Tソングブックであると言えるのです。

 

また、「歌われる」ということで、キーとテンポを「歌う人」を意識して設定したのでは、と思います。                       『ロンバケ』では一般リスナーには歌いづらい「pap pi」や「ピンボール」がありますが、『イーチタイム』にはノベルティーやエキセントリックなボーカルの曲がない、と言っていいと思います。

ボーカル録りへの執着にもただならぬものを感じてしまいます。  たしか、つい立で囲まれたマイクに向かい、周囲をシャットアウト、スタジオの照明を落とす、さまざまな歌い回しを試行し、24チャンネルをボーカルだけに使う・・・

ある曲のある部分で、どうしてもボーカルが”走って”聴こえる。そこでオケからドラムを抜き出して、あえて”走らせて”からミックスした。

これは84年の雑誌「ミュージックステディー」のインタビューでの発言です。この点について質問したく、04.3.21のロフトでのアンケートに書いたのですが・・・ 

 

松本の詞を、いちばん表現できる歌手は大滝である。という松本の発言を読んだことがあります。                      松本=大瀧 歌謡曲作品集。                      あー、まさにLONG LONG『イーチタイム』は全曲集ですね。

それでは、歌っていただきましょう。                 SING ALONG WITH 『イーチタイム』

 

 

ダークサイドストーリー オブ『EACH TIME』

 

84年の渋谷との対談。「ノベルティーをやりたい欲求を抑えて」メロディータイプを中心にまとめた『イーチタイム』。「封印された恐怖の音頭」といわれた、大滝の暗黒部分についてをフォローしないことには、この未完の物語は完結しないのです。

04.3.21の湯浅さんの発言に「活動の節目にノベルティー在り」がありました。                                    『トライアングル2』の”裏面史”としては、「A面で恋をして」に対し「うなずき」、「ハートじかけ」に対し「退屈男」が来ます。

01.うなずき

02.退屈男

03.恋もうけ

04.邦子のアンアン

05.マイケルジャクソン太閤記

06.うさぎ温泉

03~06は大滝の暗黒面を知るスタッフからのオーダーでしょうか。コロムビア時代からのファンとしては当然のリクエストだったのかもしれませんね。

いまだに語られていない”暗黒面中の暗黒面”として、この時期に「タモリ」をプロデュースしています。                   当時はタモリのオールナイトニッポンを毎週聴いていました。音源は聴いたかどうか怪しいのですが、「沖縄音階のお富さん」や「お灸小僧はあったかい」というようなコミックソングを制作中、と話していたのを記憶しています。萩原哲晶との共同作業はここから始まったのではないでしょうか。 

07.サブマリン

04年のインタビューでも達成感が伝わってきます。松本との共作としても『イーチタイム』と同レベルの完成度であると。 

ボーナストラック

 

08.実年

09.Happy Endで始めよう

LONG LONG 『イーチタイム』にならいボーナスとして2曲つないでみました。                                    「実年」は”クレージーと旭”というマイアイドルへのプロデュースという意味で「熱き心に」の裏面でしょうね。「本懐遂げた」という”enough感”がここにもあったと思います。                    そして、11年後のラストトラック「幸せな結末」の裏面は”はじまりの予感”としてエンディングに「レッツオンドアゲイン」が登場しています。

 

『EACH  final TIME』

 

今回のインタビューでは、再三、「はっぴいえんどから『イーチタイム』までの15年間」という総括が行われています。            70~84年は、”アーティスト大滝詠一”の活動期間で、厳密に言えば”オリジナルアルバム”を発表した期間、というくくりができます。  そういう意味ではこの84年初頭で「終わった」といえます。      実際、これが一度目の「終わり」で、二度目は、「熱き心に」と「フィヨルド/バチェラー」が出た85年秋、そしてほんとうの「終わり」が、97年の「幸せな結末」。

この再三の「終わり」の時を刻んだのが『イーチタイム』、『コンプリート・イーチタイム』、『イーチタイム20th edition』でした。

厳密には『イーチタイム20th edition』のリマスタリング作業を経て「幸せな結末」の”結末”を認識した、という話。

作品としての発表行為の終わり、作曲、録音という制作活動の終わり、創作意欲の欠乏というアーティスト生命の終わり・・・、何をもって、何の終わりか、は今をもって真意は測りかねるのですが、本人は強く「終わり」を宣言しています。

それはさておき、大滝の制作活動をひもとくときキーワードとして登場するのは、「始まり・終わり」の表裏関係です。

そこで、この”終わった15年”の「始まり」は、というと、言わずと知れた”バンド・はっぴいえんど”です。

2004年は、偶然『はっぴいえんど』再・再・再評価年となりました。『はっぴいえんどBOX』の膨大なアーカイブスはいまだに全部視聴できていませんが、ここで再認識することになった”大滝詠一”像は、これまでのわたしの既成概念からいくらかギャップを感じました。それは、わたしの予想以上に”歌手”であったことです。堂々とメインボーカルを張っています。ライブでのMCやステージパフォーマンスを含めて、みなさまの想像以上にフロントマンを演じている、と感じませんでしたか。

この「始まりと終わり」を二つ折りにして表裏にかさねてみてください。相似関係にあるのは、”歌手”と”松本隆”です。

二つ折りの谷間あたりに『デビュー』があったりして。

『ロンバケ』では松本が詞をつける以前に大半の曲ができあがっていたようなので、くどいようですが、やはり『イーチタイム』の特異性は”松本の詞に曲をつけて、自分で歌う”です。            このまま終われば、よくできた”ハッピーエンド”の物語だったでしょうか。

ありふれた終わり方なら、僕なりに書き換えたいね~

 

 

コンパクト『EACH TIME』

 

もし、『イーチタイム』のラストトラックが「ペパーミントブルー」だったら。それはそれでいくぶんハッピーなラストシーンになっていたでしょうか。1曲目が「ドラッグレース」だったら・・・。

曲順を並べ替える。気分でカスタマイズできる。            それを実現したのはCDです。

ナイアガラのCD化はオリジナルアナログ発売から遅れて出す、というのが『イーチタイム』までの通例でした。CDの市場が未成熟だったという背景があったと思いますが、85年のベスト『ビーチ・タイム・ロング』でCDオンリーでの発売をはじめて企画しました。

販売サイドからの要望でカセットテープと同時発売になりましたが、ここで大滝が注目したのは収録時間で、64分という長時間収録を活かした構成を実現しています。

ただし、曲順にはいまだ”A面・B面”的構造を残しており、前半・後半、という聴かれ方を想定して曲順が設定されています。

 

そして、翌86年『コンプリート・イーチタイム』が登場します。     ここではじめて『イーチタイム』レコーディングで完成した11曲がすべて収録されました。

ここで大滝が繰り出した仕掛けは曲順の変更です。

同時発売のアナログでは1~6、7~11というふうに分かれています。

これで初回盤の84年、悩みに悩んだ曲順が作者の意図するものになった、いや、作者の意図する”リスナーの選択自由なもの”になったのです。

 

さて、04年の渋谷陽一のインタビューのなかで、84年当時大滝の 「これからは、1枚1枚のシングルを集積したものがアルバムっていう本来の形に戻る」                              という今日のCD市場を大予言する驚きの証言が飛び出しました。

04年の渋谷の追求では『大滝シングルス』は企画倒れで実現しなかった、という論調ですが、このプロトタイプこそ、この『コンプリート・イーチタイム』だったのではないでしょうか。

 

 

each  FINAL TIME』

 

『イーチタイム』のラストシーンは書き換えられましたね。              

では、「はっぴいえんどから『イーチタイム』までの15年間」アーティスト大滝詠一の最終章、であるところの『イーチタイム』は、どう書き換えられて行ったのでしょうか。

一度目の書き換え。83年6月の「発売延期」。結果的に初回盤収録曲のうち「ナックル」以外の曲を完成させながらも、延期。

二度目。84年「バチェラー」、「フィヨルド」を未収録のまま、カッティングの当日に「レイクサイド」のエンディングを差し換え。

三度目。86年『コンプリート・イーチタイム』で「バチェラー」、「フィヨルド」を収録するも、「レイクサイド」をF.O.に差し換え。

厳密に言えばCD版のみマスターは『イーチタイム・シングルボックス』のバージョンに差し換え。

四度目。89年リマスター時に2曲を削除。

五度目。91年「選書版」はオリジナルの曲数、曲順に戻すが、「レイクサイド」はF.O.。

なにゆえこれほどまでに「終わり」を書き換えなければならなかったのか・・・。 余韻と言えばきれいなのですが・・・、今回のインタビューで、「未練」、とか「死に切れない」、とか、この間の編集の逡巡を読み取ると、湖畔や北の空の映像に暗い影が滲みついていきます。

「終わり方」に納得していない、「終わり」を、認めていない、という部分が作者のなかに残っていた、ということでしょうか。「つづく」という可能性がどこかに残っていた、のかもしれません。

 

~だけどレースはまだ 終わりじゃないさ ゴールは霧の向こうさ~

わたしは真相はいまだ語られていない、と思っています。

 

 

 TEACH ME 『 EACH TIME』

 

いまだ残る『イーチタイム』のいくつかの「謎」について、問題です。

Q1 83.4月から6月の「延期」決断まで、何があったのか。(三択)

 A1「バチェラー」のタイトル問題。

 A2「ナックルPT1」に納得いかず。

  A3「未発表曲」の発表。   

最初の延期の最大の原因は「未発表曲(2曲目に録音した作品)」をなんとか完成させようと粘った。リズム録りまでは順調に行った自信作だったのにメロが完成せず、詞もつかなかった。          すなわち、8曲しか完成しておらず7月発表を断念した。

84.1.8の渋谷陽一の番組でのオンエア(インタビューは83.12.27)した時点では、すでに完成を断念していたと推理します。なぜなら、

オンエア用に選ぶなら他に11曲あるにもかかわらず、あえて未完成のこの曲を選んだ意図は、借りのある渋谷の番組に対する”最初で最後”のプレゼントとしてうってつけだったからでしょう。

 

Q2 「フィヨルド」はなぜ初回盤に収録されなかったのか。(三択)

 A1 春から夏に向けてプロモーションする際に冬のイメージが強い曲が多く、バランスを考えてはずした。

 A2 『大滝シングルス』構想の第1弾として別個に出すプランがあった。

 A3  なんらかの理由で、その後大瀧-松本コンビに共作が産まれず、結果的に最後の曲となり、アルバムの1曲として発表するには「思い入れ」が大きすぎた。

実際、「ドラッグレース」では松本から大瀧への”ラストメッセージ”がこめられているとされています。「フィヨルド」の詞をたどっていくとふたりの”決別”が描かれているように思います。

 

ということで、結論はいずれも、あえて三者択一です。

”結末”はつねに”決着”とは限らない、”未完成”という名前の作品もありうる、のですから。

 

 

 

 

 

 LET'S 『SMiLE』 AGAIN

 

『スマイル』における「グッドバイブレーション」の曲順は37年の歳月を経てラストトラックに納まったようです。
「グッドバイブレーション」は『ペットサウンズ』直後から次回作『スマイル』の中心となる作品として制作されながら、『スマイル』が発売延期になる前に先行シングルとして発表された全米・全英ナンバー1ソングです。
『スマイル』の制作手法で、ある意味『スマイル』の複雑な要素を凝縮した作品になっています。湧き出たアイディアをどんどん録音して行き、1曲に編集して完成させる。ですから、さまざまなパートが複雑にからみあっています。この手法でアルバム1枚を作り上げようとしたんですね。

84年、発表された『イーチタイム』。その当初のラストトラックに選ばれたのは「レイクサイドストーリー」です。
この曲「グッドバイブレーション」に構成が似ていませんか?マイナーのAメロBメロと転調してメイジャーのサビとの合体です。
AメロもマイナーですがBメロと♩♩♩♩というキーボードのバッキングは印象的です。

このパターンは「空飛ぶくじら」以来ではないでしょうか。

関連のないA/B/Cをつないだ長編の構成を意識して作った、との発言があるようです。84年1月大瀧の脳裏に『スマイル』や「グッドバイブレーション」のことがよぎったのでしょうか。

 

さて『スマイル』の収録曲順はこれまでどのように伝えられていましたっけ?
「モンドミュージック」(リブロポート)という本に83~93年に出たブートの『スマイル』を検証した特集が載っていました。このなかで「グッドバイブレーション」は3曲目という位置に置かれています。そして「英雄と悪漢」がラストとされています。
84年当時はラストトラックとして納まっていたわけではないようです。

そんなことより、この特集におもしろい発見がありました。
井上亨がシンプジャーナル別冊「ゴーゴー・ナイアガラ」から相倉久人の発言を引用して次のように言っています。
~聞き手に完成を想像させる音楽=「不全の美」を有した音楽~ 93年当時、未完成で放置されていた『スマイル』は。ということらしいです。

当然、オリジナルのシンプジャーナル別冊「ゴーゴー・ナイアガラ」(自由国民社)を読み返してみました。
相倉久人は「分母分子論」の対談のあと、これを総評したレポートを寄稿しているのです。井上亨が「モンドミュージック」で引用した部分の要旨はつぎのとおりです。

音楽の多様化によって、作品のバックボーンが何であれ、作者の制作意図がどうであれ、聴き手がそれをどう聴くか、という聴き方に作品の評価が左右される、なぜならば、作者の真意を知るためには膨大な音楽知識を要求され、それは今の10代~20代の聴き手にとって無理で無意味なことであるから。
これは「分母分子論」の最終段階、階層が崩れて横になった状況での音楽の聴かれ方を分析したものです。対談でのこの多様化についての要旨はこんな感じ。

例えると、聴き手のカセットに「松田聖子」と「荒井由実」と「キャロルキング」が無意識にいっしょになって入っているという時代。さらに簡単に作品のバックボーン、作者のルーツが見えなくなっているし、それが無意味になってしまった状況。

これは83年冬に大瀧と相倉が考察し、84年7月に発表した著作です。音楽の制作者自身がここまで考えるに至って、作品の提示の方法に影響を及ぼしたとしても不思議ではないですね。

 

 

 final 『SMiLE』

 

ここで新しく完成した『スマイル』を全編通して聴きました。

サウンドからわたしがいちばん最初に感じたイメージは「孤独」です。
ペットサウンズとも『ブライアンウィルソン(ファーストソロ)』ともちがう、ある種の色調、トーンを感じます。

それは作者の心理状態でしょうか。
ブライアンが『スマイル』の制作中止を余儀なくされたのにはさまざまな障害があった、と一般的に考えられています。ここではそのような外的要因ではなく、当時の彼の心理に焦点をあててみます。『ペットサウンズ』から「グッドバイブレーション」への時期は、作者の人生の最初のピークです。
それはキャリアのピークを迎えたアーティストならではの心理です。

一つは登りつめる過程で、登るために犠牲にしたもの、例えば
大切な時間。家族。友人。理想。
これらを失った喪失感。孤独。

一つは登りつめた後の充足感。上昇志向、意欲の欠乏。

一つは頂点から降りていく、寂寥感。青春期の終わり。

これらのこの時期特有の心理状態が『スマイル』の制作過程で作品の完成に影響を与えたのではないでしょうか。当初文字通りリスナーの「笑顔」を想定したアルバムのテーマが、作者の孤独、喪失感、寂寥感がサウンドに滲み出してしまい、そこはかとなく悲しみにあふれたトーンに染まってしまいました。
まさに『イーチタイム』制作時の大瀧の心境に通じるものがあるのではないでしょうか。

 

それを受けて、大瀧の04年の「レココレ」のインタビューを読み返してみましょう。


あらためて、『スマイル』と『イーチタイム』の共通点です。

1.発表時に完成型が提示されていない。
2.ブライアンにとってビーチボーイズとしてイニシアティブをとった最後のアルバムであるように大滝にとってラストアルバムである。
3.ピークを迎えたアーティストの心理状態が制作の進行に作用している。
4.テーマが重い(暗い)。
5.多くのものを盛り込もうとし、構成が複雑になり1曲が長くなった、または、まとまらずお蔵入り。
6.『サージェントペパーズ~』に対してと同じようなライバルへの劣等感が「め組の人」の一件で芽生えた。
7.狂気の”ファイアー・セッション”と「ナックルPT1」の理由なき”ヘルメット・セッション”


インタビューの気になる箇所です。

「面白くないね、売れるのが約束されてるって。なんだかつまんなかったな。最初はそうは思ってなかったんだけどね。」

これは充足感、上昇志向、意欲の欠乏。「BRIDGE」のインタビューでも
「作ってみた時にはできたと思ったんだけど、今まで感じられなかった寂寥感が襲ってきたのよ。」
すなわち、長い制作期間の途中から、モチベーションが低下していったようです。

「俺、負けたと思った。~俺には、この種類の歌謡曲は無理だと。つくづくそう思った。」

「め組の人」のオファーを「書けずに」断る。83.4に
井上大輔の作曲で発表。
こちらは『サージェントペパーズ』の登場によるブライアンの挫折に通じる、という推理は乱暴すぎますか。

最後に「バチェラー」のタイトルへの逡巡

松本に対しての「ダメ出し」。これまでの旧友としてのパートナーシップとは違った、プロの作詞家と作曲家としての激しいやり取りがあったか。あるいは妥協点が見えないまま、話し合いもなく発表を留保されたことに松本が失望したか。
妥協を許さぬプロデューサー的決断が、パートナーとの軋轢、そして決別、共作関係の解消に至る。
ブライアンのもとからマイクラブやビーチボーイズのメンバーたち、そしてバンダイクパークスが次々と去って行った、という状況と似ていないで
しょうか

 

「フィヨルド」再訪

 

「バチェラー」のタイトルの否定が関係にしこりを産んだ。と推理しましたが、松本側からの証言が残っていました。

「ドラッグレース」の暗号。
これは松本のアンソロジー『風街図鑑』のブックレットに本人が寄せたコメント
「つまりレースとはその後のみんなの生き方。道路は時間。ガソリンは才能。
『ロンバケ』でコラボレーションが復活したんだけど『イーチ』の頃はそれも限界に近づいていたんだ。
もう一度離れても、ぼくたちは過去から未来へレースしている友だちだねって別れの手紙だった。

さて「フィヨルド」の暗号。
物語は「シベリア」のその後を描いています。


≪大瀧=松本作品のなかの「フィヨルド」の位置づけ≫

「フィヨルド」はそのサウンドからも「シベリア」の続編であると言えます。ジョン・レイトンと同じくジョーミークがプロデュースしたトーネイドスのサウンドを下敷きにしているとされています。詞は「シベリア」の別れた二人のその後を描いているようです。

シベリア鉄道で北に向かった少女を探しにやって来た、という場面です。

「シベリア」は太田裕美版として80年11月に発表されました。
大瀧=松本作品としては、はっぴいえんど時代、『ファースト』の作品群以来のブランクを経た8年ぶりの共作です。
『ロンバケ』での共同作業について、「今回は売れるものをやりたいから松本の詞じゃなきゃ意味がない」という強いオファーがあったとされています。

もともと『ロンバケ』用に用意された曲を、自分より先に発表するのに選んだシンガーは太田裕美でした。連想するのは「木綿のハンカチーフ」です。男女の手紙のかけあい、と汽車での別れ・・・舞台設定が似ています。

「ハンカチーフ」は松本にとってターニングポイントとなった作品です。歌謡曲の作詞家に転進後はじめて自分の足場をしっかりと得た作品だと思います。
男女のやりとりを八つのパートで構成しそのドラマを俯瞰するように歌う、という実験作。
歌謡曲の既成概念にとらわれず書いた詞がポップスとして充分に成立することが証明されたのです。

「フィヨルド」「シベリア」「ハンカチーフ」に共通する設定は、

意思交換の断絶。無言、誤解、思い過ごし、すれちがい

地理的・空間的断絶。いるべき場所にいない、遠距離、行方不明

大瀧=松本作品をさらに遡って調べると
男女のディス・コミュニケーションは
「かくれんぼ」「乱れ髪」「指切り」にも描かれていますね。無口で「人嫌い」になった少女の過去です。

鈴木茂の「ソバカスのある少女」も同じ少女を歌っていますよ。

地理的・空間的断絶は
「春よ来い」の設定に使われています。
生まれた場所を遠くはなれて・・・いるべき場所にいない自分

そして「春よ来い」がファースト『ゆでめん』の1曲目に配されているように、セカンド『風街ろまん』の1曲目にあるのが「抱きしめたい」です。

冬の機関車は、雪の銀河を、きみの街をめざして、
走っています。

「フィヨルド」への起点がすでにここにあったのです。
「抱きしめたい」「シベリア」「フィヨルド」
大瀧=松本作品の代表作はこのように連綿と一本のレールで結ばれているのです。

斉藤由貴の「情熱」85.11もこのシリーズに属しますね。


≪「フィヨルド」にこめられたメッセージ≫

ここで制作の背景を知らしめる記録を引用します。

「春よ来い」は3人での東北旅行から帰って、はじめて大瀧のアパートをたずねた日に書いた詞である
『はっぴいえんどBOX』ブックレットの年表より 

                           
その旅行の回想が「1969年のドラッグレース」である
『風街図鑑』ブックレット解説より

                                   
「春よ来い」の炬燵のイメージは大瀧のアパートそのものだった
『はっぴいな日々』「12月の雨の日」解説より

                             
松本にとって同じ東京生まれの細野、茂とくらべて大瀧に対しては共通の話題が少なかったが、その夜は永島慎二の漫画に共感し、はじめて意気投合することができた
『はっぴいえんどBOX』ブックレットの松本インタビューより 

                   
「抱きしめたい」は東北演奏旅行で花巻を訪れた時にイメージした宮沢賢治の世界をオマージュしている
『はっぴいえんどBOX』ブックレットの松本インタビューより

                    
小学生時代に江戸川乱歩と宮沢賢治はすべて読んだ
コラム「小説・微熱少年」85.12より『成層圏紳士』に収録

                      
『イーチタイム』の制作をまえに大瀧が松本の信州の仕事場を訪ねた。暖炉で器用に火をくべながら、「うまいんだよ、雪国生まれだからね」と言った
コラム「冬の軽井沢で」82.11より『成層圏紳士』に収録

                       
松本は大瀧から家族やプライベートの話を聞いたことがない。話すのは音楽のことばかりだった
コラム「待ってくれた大滝」85.12より『成層圏紳士』に収録

                     
『ロンバケ』の制作時、松本は家族の不幸があり休養をとった。一時は大瀧の依頼を断ったが、大瀧は「松本の詞じゃなきゃ意味がない」と制作を中断してまで待った
コラム「待ってくれた大滝」85.12より『成層圏紳士』に収録

                     
大瀧の曲に詞をつけるとき原稿用紙を前に操縦桿をにぎった戦闘機のパイロットのような気分になる
コラム「ロンバケ」82.1より『成層圏紳士』に収録


「フィヨルド」に戻ります。

ぼくは待つことをあきらめ少女を探しにやって来た。
少女は”童話のような街”から”雪の汽車”で消えた。

フィヨルドは北欧のイメージを想起させ、たしかに北欧はアンデルセンやムーミンのヤンソンの故郷です。
タイトルに「フィヨルド」と「オーロラ」の二つの候補があったようですが、ここは一致したようです。 

その後、芳本美代子に「オーロラの少女」を書きましたが少し毛色が違いました。

しかし、この舞台は岩手でしょう。
フィヨルド=リアス式三陸海岸。「オーロラ」よりも「フィヨルド」を選んだことで、より岩手であることを強調しています。
童話=柳田邦男の遠野物語もありますが、やはり宮沢賢治のイーハトヴです。
汽車=銀河鉄道。黒いコート=風の又三郎という小道具も賢冶からです。

岩手と賢治と大瀧
ひとつに松本のバックボーンにある詩人としての宮沢賢治。
またひとつは「ドラッグレース」のモチーフになった大瀧、松本のはっぴいえんどの思い出、二人の出会いを象徴し、最初期の共作「春よ来い」にも見られるテーマ、つまり、
冬の寒さと湿度、地方出身者の想い、
というような東京生まれの青年にはない松本の精神性に、賢治と大瀧が与えたもの、の洗い出しをしたのではないでしょうか。

物語は「少女とぼく」のすれちがいを描いていますがこれは松本と大瀧のパートナーシップの断絶を象徴してはいませんか。
松本は自身の中の大瀧詠一をすべて「フィヨルド」の中にこめて最後の作品として提出したのです。


≪解かれた封印≫

「フィヨルド」は録音されたのも最後ですが、発表されたのも大瀧=松本作品としては最後なのです。

ここで『イーチタイム』発表から「フィヨルド/バチェラー」の発表までを振り返ります。

「フィヨルド」録音           83.9.2
『イーチタイム』            84.3.21
『イーチタイム・シングルボックス』 84.4.1
『ナイアガラ・ソングブック2』    84.6.1
『ビーチタイムロング』        85.6.1
 はっぴいえんど再結成ライブ   85.6.15
 はっぴいえんど宣言        85.7.17
「バチェラーガール」稲垣      85.7.20
『THE HAPPYEND』          85.9.5
「フィヨルド/バチェラー」       85.11.1
「熱き心に」              85.11.20
 小説「微熱少年」          85.11
『スノータイム』             85.12
『コンプリート・イーチタイム』     86.6.1


2年間も未発表だった「フィヨルド」。
なぜ、2年間も発表しなかったのか。はもうひとつわかりませんが、
なぜ、この時期発表したのか。についてはなんとなく見えてきたような気がします。

シングル「フィヨルド」発売の経緯については、大手CD店の売場からシングル盤コーナーが消えた、というCD市場の成熟を背景に”最後のアナログシングル”という記念盤的位置づけだった。と『大瀧詠一ソングブック1』のライナーで語っています。
が、こうしてみると、はっぴいえんど再結成とリンクしていたような気がします。


再結成時4人が発表した、「はっぴいえんど宣言」

絶頂期を迎えている4人が今”ニューミュージックの元祖”というだけで語られるなら、今回のステージでひとつの幕引きにしたい。
ここが最終到達点ではない。再び新しいスタートを切るのだ、
との共同宣言でした。

松本は松田聖子のプロデュースが結婚休業で一息ついたことで小説「微熱少年」でこれまでの活動を総括した時期です。
また、大瀧もはじめての阿久悠との共作「熱き心に」が満足のいく出来になり、新たなスタートがきれる感触を得た、というところでしょうか。
イベントで二人が再会し、なんらかの「決着」がついた、のでしょうか。

二人の決別は大瀧と松本の決別ではなく、お互いが「大瀧=松本」という”時代”と決別したかったのでしょう。これまでの自分に自らピリオドを打ち、次の一歩を踏み出そうとしていた、のではと思います。

『ロンバケ』で復活した、ソニー時代のナイアガラ第2期の制作方針は”歌手”と”松本隆”である。と再度、書きます。
「フィヨルド」に詞がついた時、大瀧はこれが「大瀧=松本」という”時代”の最後の曲であると、直感したはずです。大瀧は松本の心境、決意を読み取ったのです。
それはナイアガラ第2期が「シベリア」でスタートしたからです。その続編のメロディーに松本が書いた詞がついて「フィヨルド」と題された時、この曲が二人にとって特別なものになったはずです。

そして、大瀧がもし、アーティスト活動を締めくくるなら、締めくくりはこの曲がふさわしい、と思ったのではないでしょうか。
かつて「春よ来い」と歌った青年が、北国に帰って行くのです。

最後の歌詞、
~吹雪が急にやんで 遠い岬まで晴れていく~は
雲間から光が差し、遠ざかる汽車のバックに銀河のように雪がきらきらと散っていくラストシーンの映像が見えます。
~心にささった氷の破片が溶けて~冷えた関係が氷解し、またいつか出会える日を予期させる希望の光が見えるのです。

                                   おわり

 

 

 


「”幸せな結末”で終わらないと(『イーチタイム』は)終わらないと思うんだけど、まだ今回ではないと。魂がここで全部終わるほど、あのアルバムは完結していない。だって自分の期待する評価が全然ね。だからこのまま評価されずに終わるのか、30周年目がどうなっているのかが知りたい。歌手大滝詠一の最後の歌だから」

と、「ブリッジ」のインタビューの終わりに語っています。
”自分の期待する評価が”得られなかった、という20年目の懐疑。
「幸せな結末」で終わる『イーチタイム』をもう1枚出すの? ブライアンが『スマイル』の鎮魂譜・慰霊碑を建てたように。
マラソンの話じゃないけど歴史というのは終わってみないとわからない。その時代がどんな時代だったかは、その前後を知ったうえでないとわからない、のですね。
歌手大滝詠一はまだ終わってない、かもしれない、ですし。あの未発表曲に松本の詞をのせて完成させないと、終わらないでしょ。
来年は、ナイアガラの30周年を検証するそうです。なぜナイアガラ第1期が”脱・松本隆”だったのか。をもう1回復習しましょうか。

 

again

 

熱き心に

 

 

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