富山県中新川郡上市町広野地区では春と秋に「香積廣野神社」の祭礼が行われています。
毎年10月21日に行われる秋の祭礼では、「神輿」と「獅子舞」が村内を回ります。

「神輿」と「獅子舞」は「広野青年会」によって運営されます。
「獅子舞」を演ずるのは広野に住む男子(小学生〜高校生)で「獅子連中」と呼ばれます。

獅子舞の獅子は「かしら」から「しっぽ」まで5人が「幕」の中に入ります。
「剣とり」は、剣を持って獅子と闘います。
「剣とり」の頂点に立つのが「天狗」で、面を付け、衣装も違います。
獅子舞は神輿の露払いの役目があります。

剣とりと獅子 天狗と獅子

獅子舞は村内全部の家(300軒超)を巡り踊られています。
迎えた家は「はな」(祝儀)を打ち、それを青年会が読み上げます。
神主さんは一軒一軒の家で祝詞をあげられます。

「はな」を読み上げる青年会 神主さん
      

獅子舞の踊りの伴奏をする「鳴り物」は「太鼓」「笛」「ちん」で構成されており、
「太鼓」は締太鼓、「笛」は縦笛で六穴、「ちん」は吊り下げ型です。

「ばつ」は、「剣とり」「天狗」と一緒に「獅子」と闘います。
「まさかりを研ぐ」、「お宮さんの境内にまさかりで線を引く」等の芸を持ち、
以前は、道の真ん中に座り、定期バスや、ダンプを止めていました。
たまに、驚かせて泣かしたりもしますが、本当は子供好き。

各家を回る「鳴り物」 記念写真でついポーズ
     


「神輿」は昔は村内一軒一軒の家に入っていましたが、現在は村の要所を巡幸しています。
祭礼の日、「御神体」を預かる御神輿、その重さは半端ではありませんが、すべて「若い衆」の
人力で担がれ、要所で「わっしょい、わっしょい」と勇壮に振られます。
夜、「お宮さん」の前で、豪快に「火渡り」を行い、境内で「わっしょい、わっしょい」と振られ始めると、
その迫力に、祭の興奮は頂点に達します。
最後に拝殿前に捧げられ、「御神体」は戻られます。

道中  やわやーわと      火渡り 境内にて

おどりの紹介

にらみ 各おどりの前の導入部。
対角位置から剣とりと獅子が蛇行しながら近づき、中央で出会った後、剣とりは獅子を次の踊りの開始位置まで連れて行く。
とんとこ とんとこ とんとこ とんとこ    とん とんとんとこ
ひとあし 片足づつはねるようにおどる。
現在祭礼時、村内の家のほとんどをこの踊りで回る。
とんとこすっとん とんとことん
ふたあし 前に出した足が地面につけられる。
とんとんとことん とんとことん
ばいがやし 剣と足を体の前で交差させておどられる。
とんとんとんとこ とんとことん とんとことんとこ とんとことん
やつぶし 「ちーろーりーろー」の笛の音階で有名。
とんとことんとことんとことん とんとことんとことんとこ すっとんとんとことんとことんとことん
しちごさん 剣とりが左右に飛んで剣を突くとき、獅子も大きく左右に動く。なかなか激しいおどり。
とんとことことん とんとことん とんとん ことん とんとことん
きょううる 単独でおどられることは少ない。
とんとこすっとん とんとこすっとん とんとこすっとん とん
おもて 「ばいがやし」から始まり途中で「しちごさん」に変わり「きょううる」で終わる。
お宮さんに入る時踊られる。
うら 「しちごさん」から始まり途中で「ひとあし」に変わり「ふたあし」で終わる。
お宮さんから出る時に踊られる。
しちごさんくずし 「しちごさん」から始まり途中で「にらみ」に変わり「やつぶし」で終わる。
「くずす」というとこの踊りをさす。
いそうる 天狗の踊り、通常、祭の夜、お宮さんで最後に踊られる。
「どっちんちん」で互いに近づき、「にらみ」に変わり「やつぶし」で終わる。
天狗が竹やぶを進んでいる時、突然獅子に出会い闘うという設定と聞いている。
どっちんちん どっちこちん 
とんとこすっとん とんとことん とんとこすっとん とんとことん 
とんとんとんとこ すっとんとん  おれれのおれれ
ししごろし 天狗の踊り。昭和62年の祭礼で、約二十年ぶりに復活され、それから十三年後の今年平成十二年、奉納された。
「やつぶし」で始まり、後は「にらみ」がえんえんと続く。
天狗は長い時間をかけて、獅子ににらみをかけ、剣で突き、徐々に弱らせていく。
獅子もかみついて反撃し、天狗は流血するが、ついに刀で獅子を成敗する。
最後には獅子にまたがり、お宮さん拝殿に駆け上っていく。
踊り道中 剣と幕が踊りながら道中を進む。祭礼時、お宮さんへの出入りの際にも舞われる。
獅子舞の練習期間、一日の最後のおどりはこれであった。「どうちゅうぶし」とも言われる。
とんとこすっとんとん とんとこすっとんとんとこすっとん とんとこすっとんとん
とん とんとこすっとんとん そーれ
鳴り物道中 文字通り踊りは無い。移動時に鳴らされる。
とんとこすっとんとん とんとこすっとんとんとことん とんとことんとこ すっとんとん
道中節 踊りは無い。移動時に鳴らされる。
とんとことんとことんとことことん とんとことんとこ とんとことん
 平成12年の
 「ししごろし」
     


獅子頭 獅子頭、幕 天狗 面
    
鳴り物 ばつ 面 まさかり
           
告知 幕 お神輿 お神輿(夜)
     


嘘か真実か?  遠い思ひ出…
 いろいろな人に聞いた話です。
 かなり以前のこともあり思い違いもあるかも…
魚津の山間部の村から獅子舞を習ってきた廣野の人たちは、今(平成17年)生きておられれば130歳くらいの年代。
(逆算すると明治10年前後の生まれの方でしょうか)
青年会は祭礼用具購入のため「はな」の一部を積み立てていました。
青年会卒業の年の会員は家で「にしめ」と「おにぎり」を作り祭礼時の食事として提供していました。
大根等にしめの材料は青年会から配られました。
「はな」の配分は青年会6:獅子連中4と決まっていました。
獅子舞の練習の後、青年会は必ず飲む練習をしていました。
いつの頃からか?(昭和62年度です)青年会を引退するとはっぴが記念品として貰えるようになりました。
練習に行く前には、げんづまに寄って、お菓子の袋が用意されているか確認していました。
M田さん宅のナツメを食べながら歩いて行きました。
練習の帰り、ゲンズマの母ちゃんの運転するバンの荷台に子供達数人で乗せてもらいました。
バックドアが開けっ放しで、ジャリ道から砂ぼこりが勢い良く上がっているのが月明かりに照らされていました。
かつて「兄弟バチ」が存在した。
夜、みこしを担いでいる若い衆の身体から立ち上る熱気で周囲にモヤが立った。
みこしが近づいて来ると、まだ離れた所から酒臭かった。
剣とり3人で村じゅうを回った。
夜、お宮さんで太鼓を、鳴り物(子供)に持たせたまま、思いっきり叩く大人がいました。
子供心に「ひどい」と思いました。
剣とりのわらじはそれぞれの足に合わせて作られた。
村じゅうを回るため何足か履き替えた。
下駄の歯が一本折れても最後まで歩いた鳴り物がいた。
各家を回る時、神主さんの座られる所に合わせ踊る場所方向が決まっていた。
鳴り物は大抵、庭の一番奥まで入った。
みこしは村中一軒一軒の家に入り振っていました。
みこしを通すためカギ棒で低い電線を持ち上げていた。
みこしを入れるため勝手にひとの庭の木の枝を切った。
夜、2本(人)の白い高提灯が先導のため出ていた。
みこしを田渡しした。
かしらが本気で向かってくるので剣とりは必死で抑えないと怪我をした。
移動中ちょっと間があると鳴り物道中をならした。掛け声をかけた。
獅子連中には七年改正があり総入れ替えとなった。
はなの読み上げで「広野の芸者総上げ」と言うと、広野にちゃ芸者おらんぞというツッコミが必ず入った。


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